明日なき狼達
「で、これからどうすんのさ?」

 加代子の言葉に我に返った神谷は、

「何日かはぶらぶらしてられるが、行く当てもこれといって無い。役所の福祉課にでも行ってみるよ……」

「やめときな、福祉課だの何だのって。大体が役所なんて所は、ろくなもんじゃない」

「しかし……」

「どっか安い温泉場にでも行かないかい?」

「姐御と?」

「あたしじゃ不服だってかい?生意気言わないの。あんたの方が余っ程役不足なんだからね」

「姐御と一緒が嫌だとかじゃないんだ。ほら、姐御だってその……」

「お金の事?」

「だって全財産を……」

「こいつを売れば当座は何とかなるだろ」

 そう言うと、加代子は一つだけ残ったダイヤモンドの指輪を右手の中指から抜いた。

 ニシダビューティクリニックのオーナーとして君臨していた時は、それこそ何千万とする宝石を身に付けていたものだ。それが、青山に裏切られ全財産を持っていかれた。最後に残った指輪は、昔、初めて自分の稼いだ金で買い求めた物である。小さなメレダイヤの指輪だが、何十年と手放さず持っていた物である。

「それ、手放すのかい……」

「おまんま食えないまま死んじまって、それでダイヤの指輪着けてたなんてのも、悪かあないけどさ。
 ねえ、熱海にしない?伊東もいいわね……」

「姐御……」

「さ、そうと決まったら支度、支度」

 加代子はそのまま勝手にカウンターの中に入り、洗面をし始めた。

 姐御は昔から何時もこうだ……

 神谷は綺麗なタオルを取りに二階へ上がった。

 その時、加代子が涙を洗い落としていたなどとは、露程も気付かなかった神谷であった。

 その夜、二人は伊東の温泉旅館の一室で寝屋を共にした。

 別々に風呂に入り、海の幸に舌鼓を打った後のまどろみを薄暗い灯りの下で過ごした。

「寝れないのかい?」

「姐御とこうして布団を共にしたら、そう簡単には寝付けないよ……」

「なら、こっちへ来なよ……。
 そっちの方はまだ現役なんだろ?」

「姐御と違って引退してる……」

「初めての女があたしで、復活する時の女もあたし。あんた、幸せもんだよ」

 加代子の手が、そっと神谷の手を握って来た……
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