夢の欠片
やけにテンションが高い真弓さんにとりあえず着いていく。


部屋の中に入って立ち止まったかと思えば、クローゼットの前に立たされ、抵抗するまでもなくワイシャツを脱がされた。まさか、いきなり服のコーディネートをされるとは思っていなかった。


「まずは下着ねー」


そう言いながら真弓さんは、水色のブラジャーとパンツを取り出し、手渡してきた。それを黙って身につける。


「こんなのもあるけどー」とセクシーな下着を見せられ反応に困っていると、すぐに冗談だってーと笑われた。初対面でそんなことやられても笑えるわけないじゃん…。ましてや男を誘惑する下着なんて……


「由梨ちゃん?」


いつの間にか顔を覗かれていたので、慌てて目をそらした。


「なんか突然顔が険しくなったからさー」


「何でもないです」


「そう? さてー」


そう言って鼻歌を歌い始めた真弓さんは、本格的に服選びを開始したのかクローゼットの中から出しては戻してという動作を繰り返し始めた。


「こんなのなんかどう?」


しばらくしてから選ばれた服は、正直見惚れるくらい可愛かった。でも別に…。


「……何でもいいですよ」


「そんなこと言わないの!」


いきなり強く言われて、身体がビクッとなった。


「年頃の女の子は可愛くするのが当たり前でしょ? ちゃんと自分の好みを言わなきゃ! いやーそれにしても、私の昔の服のサイズが合うなんて思わなかったなー」


真弓さんがさらっと言ったその言葉に、違和感を感じた。


「昔?」


「えっ? 何か言ったー?」


「いえ……」


「昔」ってどういうことだろう。どう見ても二十代にしか見えないし、声や素振りなんかも若々しいのに。何かとてつもない美容の秘訣でもあるんだろうか?


「それにしても、何でも似合うとはこのことね! 羨ましいわぁー」


「そうですか……」


結局、白いワンピースに決まり、服選びは終了した。その後、家の案内になった。


「うちは3LDKでね、一応、風呂もトイレもあるのよー」


「凄いですね」


まだお若いのに一軒家を持っている時点で凄い。旦那さんの稼ぎが大きいのかな……?


「そうでもないよー。私が大学行ってすぐにね、両親が事故に遭っちゃってさー。財産とこの家だけが残ったんだよねー。それで、受け継ぐ人が私しかいなかったから、そのまま私のものになっちゃったみたいな感じ。ローンは完済しててね、あまりお金はかからないんだよー!」


明るくのんびりと悲しい過去を言われたので、一瞬気がつかなかった。


「そうなんですか……大学はどうされたんですか?」


「仕送りとかも無くなっちゃったからー、生活の安定のために中退したんだよねー。今はレシピ本とか売って生活してるんだよー」


この様子だと旦那さんが稼ぎの元っていうわけじゃなさそう。


「それが結構売れるからさー、バイトもしなくていいし、たまにテレビ局からの収入も入るし、生活には余裕のよっちゃんって感じ? だから、由梨ちゃんも家計のことはぜーんぜん気にしなくていいよー」


「えっ、真弓さんって結構有名だったりするんですか?」


「ハハ、まあまあかなー」


この人凄い…。


「あ、そうそう。ここがお風呂場でー、こっちがトイレ。そこが羚弥の部屋、その隣が由梨ちゃんの部屋ね!」


ん、と思わず初めて聞く名前に反応した。


「羚弥って、さっき出かけた男子の名前ですか?」


「うん。だらしないから気をつけてねー」


羚弥君の隣の部屋か……と思ってしまい、ハッと表情に出ていないか焦った。


「好きに使っていいからねー」


あまりにも軽く言われるので、つい失礼な言葉が口から出てきた。


「いつまでですか?」


咄嗟に口を抑えるも、真弓さんは気にしてないようで。


「え? んー、由梨ちゃんの状況によるかな。ま、気にしなくていいよー」


と笑顔で言ってくれた。


「……ありがとうございます」


今までの悲惨な生活が頭をよぎり、思わず泣きそうになった。


「さて、暇だしテレビでも見よーっと」


去っていく真弓さんの背中に向かって、静かにお辞儀をした。
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