夢の欠片
突然、叫び声で目が覚めた。何事かとその声の方へ行くと、羚弥君が包丁を持って外へ出て行く瞬間だった。


「お姉ちゃん! 羚弥君どうしたの!?」


何が何だか分からないけど、とても大変な事態だということはすぐに分かった。


「過去を思い出したのよ! 今すぐ助けに行かなきゃ……」


「お姉ちゃん!」


お姉ちゃんが外へ出て行き、バタンと閉まる玄関のドア。


私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。


数分後、警察のサイレンの音が聞こえて我に返った。


「そうだ、羚弥君とお姉ちゃんは……」


二人ともどこへ行ったのか。なぜこうなったのか。私はあまりにも羚弥君のことを知らなかったのかもしれない。ただ優しいってことだけしか。そこしか見ていなくて、彼の心の裏に気づけなかったのかもしれない。


「私はなんて無力なんだ」


私は助けてもらったのに。自分は何もできないなんて……


ドン ドン ドン ドン


突然、玄関の方から激しいノックの音が聞こえてきた。


「おい! 羚弥は! どうなっちまったんだよ! おい!!」


聞き覚えのある声だった。ドアを開けてみると、本田君が険しい表情で立っていた。


「優奈……羚弥が俺ん家の前を包丁を持って走って行ったんだ。追いかけてもどこに行ったか検討がつかなくて、見失っちまったんだよ。……なあ、どうしちまったんだあいつは! どこに何をしに行ったんだよ!!」


「私だって分かんないよ!!」


本田君がハッとなった。


「……私だって分かりたいよ。私だって助けたいよ! でも、何も分からないの。さっきお姉ちゃんから過去を思い出したって聞いただけで」


「過去を思い出した? あいつそんな話一度も……」


「羚弥君優しいから、話さなかったんじゃないの? 余計な迷惑かけたくないからとか、心配させたくないからとか」


「ったく、頼れってんだよ……」


本田君はしばらく苦い表情をすると、何かを思いついたように目を見開いた。


「なあ、お前のボディガード使えないか? 多分、体術にも慣れてるだろうし、あいつを抑えられるかも」


「ごめん、連絡先知らないの……携帯持ってなくて」


「マジかよ……だったらがむしゃらに捜すしかねえ! 優奈、着替えたらお前も一緒に捜すぞ! 俺は先に行ってる」


本田君はそう言って走って行ってしまった。言われてから、まだ私はパジャマだったことに気がついた。そして、お姉ちゃんの靴がまだ玄関に残されていることも、この時気がついた。


「お姉ちゃん、裸足で行ったんだ……」


ますます居ても立っても居られなくなって、私は「待って!」と本田君を追いかけた。
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