金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
「行動に移したのは最後の夜でした。自分では極力優しくしたつもりでしたが、小夜子はずっと怯えていました……
それをわかっていながらも“やめて”の一言は言われないからと、僕は自分の欲望のままに、小夜子を……」
額に手を当てて、先生は自分の顔を支えた。
噛みしめた唇からは、真っ赤な血が滲んでいる。
先生の、後悔の深さを、その赤さが物語ってる。
「先生、もう……わかりましたから……」
「……ごめんね、このことを話したのは、家族以外には初めてで……それに、あまりに久しぶりだから、取り乱して……」
私はふるふると首を横に振る。
「でも……最後まで聞いてほしいんだ……ずっと近づくことのできなかった海に連れてきてくれた、きみに、最後まで……」
「……っ……」
私でも、先生の役に立つことができたの……?
先生は、私を必要としてくれているの……?
心に渦巻く色んな想いは口に出さず、私はしっかりうなずいた。
「――次の日の朝、ホテルの部屋から小夜子の姿が消えていた。僕に、手紙を遺して……」