金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜

「行動に移したのは最後の夜でした。自分では極力優しくしたつもりでしたが、小夜子はずっと怯えていました……

それをわかっていながらも“やめて”の一言は言われないからと、僕は自分の欲望のままに、小夜子を……」



額に手を当てて、先生は自分の顔を支えた。


噛みしめた唇からは、真っ赤な血が滲んでいる。


先生の、後悔の深さを、その赤さが物語ってる。



「先生、もう……わかりましたから……」


「……ごめんね、このことを話したのは、家族以外には初めてで……それに、あまりに久しぶりだから、取り乱して……」



私はふるふると首を横に振る。



「でも……最後まで聞いてほしいんだ……ずっと近づくことのできなかった海に連れてきてくれた、きみに、最後まで……」


「……っ……」



私でも、先生の役に立つことができたの……?

先生は、私を必要としてくれているの……?


心に渦巻く色んな想いは口に出さず、私はしっかりうなずいた。



「――次の日の朝、ホテルの部屋から小夜子の姿が消えていた。僕に、手紙を遺して……」


< 174 / 410 >

この作品をシェア

pagetop