また会う日まで

 「申し訳ございませんでしたっ」
 これで一体何度目になるのだろう、同じ失敗を繰り返したのは。上司や先輩、教授たちが、深く、深く頭を下げる。泣きじゃくる遺族の人たち。ここでは絶対に感情を表へ出すことのない彼らに、私はいく場所さえも失いかけた。
 リア国一番の学術都市の中でも最たる大きさと新しい技術を持つ、附属病院。また、やってしまったのだ。いつも、気がついた時には、もう戻れない位置にいる。いっそうの事、医学の道なんて、諦めてしまおうか?
 原因は決定的な手術中のミス、ではなく点滴の際にやってしまったこと。うっかりで許されるものではないけれど、私だって一番よくわかっている。
 「お前は一体何をしているんだっ」
 それは私が、私自身に言いたい。
 「申し訳ございません」
 私、レイ・アルハは、新米の附属病院で働く女医、ではなく、四十近くの女医だ。こういうミスがどうしても多く、また目立ち、同じ医師からも「厄介な人間」と見られている私。学生時代は恋愛キューピッドとなって、現在はうまくいって結婚なさっている先生の意向のおかげで、これほどまでに立派で大きな病院で女医として働くことが出来ていた私。ほんの少しのミスで転勤六回目の私を優しく迎えてくれた先生に、申し訳ない気持ちでいっぱいで。やっぱり私に医学の道は向いていないのかな、と思ってしまう。
 こんな私が医学の道を進むと決心したのは、一七の時。十年以上続けていたピアノ。あの時は大会当日の朝だった、のにもかかわらず、私は一時間以上の寝坊をしてしまった。大慌てで家を飛び出し、左右の確認なんてしなかった。猛スピードで走ってきた大型トラックに、母親の悲痛な叫び。耳が壊れるほどの煩い音は、今でも覚えている。
 『もう無理ですね、ピアノは諦めてください』
 病院で目を覚まし、数時間後にはっきりと医師から言われた言葉。
 『将来はかなり期待されていたんでしょう?』
 『ええ、天才ピアニストだって』
 『かわいそうに』
 『もう二度と演奏できないって』
 こんな会話を幾度となく耳にした。その度に、何度も泣き崩れては、とうとうどうでも良くなった頃だった。私に一目会い、にっこりと笑っては、言った。
 『僕が君を治してあげよう』
 すると彼は私が怪我をしている手に触れ、何かを小さく呟くと、にっこりと笑って、どこかへと消えてしまった。あの時、何が起きたのかは全く分からなかったし、ただの変な人だとばかり思っていたのに、翌日の検査では先生が声を上げてしまったほどの事が起きた。
 なんと、もう切断するしかないと思われていた私の右手が、あの事故前のようになっていた。早い話がたった一週間入院しただけで完治。誰もが諦めるしかないと、口々に言っていた私の右手が、だ。信じられない奇跡に、私は退院あとになって知った。医者が科学で人々を治し、癒すのであれば、魔法によって人々を治癒する彼らの存在を。彼らの事を、敬意をもって「魔法師」と呼ぶ。
 だけど、魔法師は現在経済破綻し、亡国となったリガルハの人間だけにしか扱えない(しかもリガルハの人間はリア国の人間を忌み嫌う)。言わばド級の秘術を彼らは持っている。私はそのド級の秘術とやらを、どうしても手に入れたくて、医学の道に進んだ、はずだった。
 「やっぱり、私には向いていないのかな、医学」
 七回目の転職。もう医師を辞めようか、とさえ考えてしまう。憧れだけで入った、と言っても過言ではないこの世界。今更ピアニストになろうなんてことは思わない。第一にピアノは、両親が相次いで死んだときに、必要のないものとして家と一緒に売り払った。この狭く小さな部屋には、たとえ中古だろうがオルガンさえも置くスペースはない。第一に二十年は触ってもいないのに今更指が動くはずがない。中には何十年とかけて頑張る人だっているのに。
 小さなワンルームには、両親の写真。
 「魔法師、か」
 一八の誕生日。私は医学の道を進む、と決めたのだ。一浪して、医学部の国立大学に入って―――
 「あ、そっか」
 私は知らず知らずのうちに、自分の目標さえも見失っていたらしい。私は女医として人を助けたかったのではない。魔法師として、人を助けたいと思い、医学の道を歩いていたはずだった。
 気がつけば早いもので、私は準備を始めた。





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