また会う日まで

第二話


 拝啓、父様、母様。向こうでは相変わらずでしょうか? 私は一八の時「魔法師になる」と言って、貴方方を困らせたことは、覚えていますでしょうか? 私は今、魔法師を目指すべく、亡国リガルハで、
 「何度言えばわかるんだっ! テメエはやる気あんのか?」
 日々厳しい修行をしています。
 「すみませんっ!」
 人の言葉を話すトラを師として。
 魔法師になりたい、ただこの一心だけだった。もちろん、両親ともにリア国出身で、私も同様。魔法師になるためには、亡国リガルハ出身の人間でなければならないのと、厳しい修行に堪えなければならない。努力すればどうにだってできる女医でさえも務まらなかったリア国出身の私が、果たして魔法師になれるのだろうか? 否、なってやるのだ、リガルハの者でさえ悲鳴をあげて、途中で諦める人間が九割超えの、魔法師に! 女医は仕事こそきつかったし、何よりも変な患者が多くて大変だったけど(おもにオッサン共のおさわり攻撃が)、給料は他の職種と比べて、ずいぶんと良かった。多分私は「能力と給料が不釣り合い」と後ろ指を指されていただろう。もしもの時の事を考えて貯金していて良かった、と安心してしまう。
 「さて、地図も手に入ったし」
 部屋は、元々物欲が低かったこともあってか、パンパンに膨れている大きな旅行用バッグと小さなバッグの二つしかない。家具は、全てお金へと変えた。地図とお金さえ手に入ってしまえば、もうこっちのものだ。
 くるりと振り返って、大きなバッグの上に置いている写真立てをじっと見つめる。三十代後半から魔法師を目指すなんて、父さんたちはきっと呆れ返っているだろう。馬鹿か、と怒鳴り散らす父親の姿が、こうも想像できる。母親は、笑っているだろうな。
 だけど、元々は医師になりたくて医学部に入ったんじゃない。魔法師になりたくて医学部に入ったんだ。知識なら、出来損ないではあるものの、多少なりともあるはずだから、一つや二つぐらいならカバーはできるはず。部屋をぐるりと見渡して、一息。後悔はしていないし、あるはずがない。
 「よっし、大丈夫」
 大きなカバンを背負って、小さなカバンの中に写真を入れ、何十年と古い地図を片手に立ちあがる。玄関のカギを手に大家さんのもとへ行き、おそらくこれから先何十年と跨ぐことのない、国境の門をくぐる。
 「お世話になりましたっ!」
 頭をしっかりと下げて、笑顔で見上げる。門番さんが私を不審者みたいな目で見ているけど、断じて違う。アヤシイ人間じゃないです。リア国一番の病院で働いていた、元女医ですよ?

 亡国リガルハ。リア国の西側に位置し、現在では近寄る人間はほとんどいない。古代遺跡は独自の技術を生かし、建築されているため、好きな人間は行くかもしれないが、これも八年ほど前まで。
 「しっかし、本当に雑草だらけね。これじゃあ、誰も来やしないわ」
 腰まで生茂る草木をかけ別けながら進むレイは、本当にコレがリガルハに行く道なのか、と不安になる。地図では一本道を歩けばいいのだろうが、歩くこと三時間。一向に変わらない光景に、レイはどうしたものか、と足を止めた。もしかしたら、どこかで道を、間違えたのかもしれないと思い、地図を広げる。リア国とリガルハ国へ行く道は、この道一本しか存在しない。しかも本来、三時間も歩けば、大きな遺跡の一つや二つぐらいは見えてもおかしくはないほど近い距離。手にしている地図はリガルハが亡国となる前から使用されているため、まさか地図が間違うことはないだろう。ともなれば、自分が道を間違えたのか? まっすぐの一本道だというのに。
 「方向感覚がゼロってのも、限度があるわ」
 地図を片手に唸り、数秒後に出た答えは、とにかく自分を信じ、歩く、だった。
 「そんなに遠いわけじゃないんだし、いつかは着くでしょう?」
 「馬鹿ですか、貴女は」
 ガサガサと草をかき分けてきたのは、同性でもうっとりとしてしまうほどの美しい女性でも男性でもなければ、山男のような長髪の人間でもなく、綺麗な衣服で自分を着飾る女性でも男性でもない。
 幼い頃、ちょっとしたプレゼントとして行ったことがあった。レイは昔から大の動物好きだった。よく「レイね、トラさんが好き。ライオンさんもかっこいいけど、トラさんが一番好き」と頬を赤くしながら言っていた幼い頃のレイ。この気持ちは今でも変わることはなく、部屋には可愛らしいトラのぬいぐるみや、実物そっくりのポストカードが大量にあった。今となっては、それらすべてをお金へと変えてしまったのが、唯一の心残りだ。
 こんなレイだからこそなのか、もしかしたら食べられてしまうかもしれない、などといった恐怖感は一切なかった。ただ、目の前に現れた本物と思われるトラをじっと見つめた。
 「おそらくここら近辺に潜む盗人たちの仕業でしょうね。リガルハにはまだ数多くの美術品が残されていますから、それを売り捌くつもりなのでしょう。全く、人のやることはいつも愚かで浅はかだ」
 確かにはっきりとトラから聞こえた人の言葉に、レイは首を傾げた。
 「トラさん、人の言葉が分かるの?」
 この時のレイには、自分がどうしてあれほどにまで新鮮に、はっきりとしていた目的が、どうしてか、どこか遠くに行ってしまっていた。
 小さな夢ではあった、トラと意思疎通をしてみたい、と。まさかこんなところで小さな願いがかなうとは思いもしなかったレイはあんまりの嬉しさに頬を赤く染め、

突然の銃声に肩を大きく震わした。
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