箱の中の彼女


 負けた。

 負けた負けた負けた!!!!

 孝太は、その悔しさをどうにも出来なかった。

 トレーナーや先輩の慰めも、どれもこれも耳に入ってこない。

 気づいたら、会場を飛び出して走っていた。

 雨が全力で、自分の身体を叩き伏せようとするのも省みず、馬鹿みたいにただただ走った。

 まだ、自分にはこんなに走る体力が残っていたのだ。

 何故、それを余すところなく使わなかったのか。

 何故、何故、何故!

 負けることは、後悔することだ。

 違う。

 後悔する種があったことを、悔いることだ。

 いまだ、自分が走ることの出来る事実を、孝太は憎んだ。

 憎んで憎んで、走り続けた。

 そして。

 ばたりと、倒れた。

 これが──プロボクサー孝太の、昨日の出来事。

 そして。

 今日の孝太は。

 粥を、すすっていた。

 うまい。

 思えば、試合のために減量減量ときていて、ようやく試合が終わった後、あの有様だったのだ。

 粥の優しい味が、胃袋に染み渡らないはずがない。

 うまい、うまい。

 熱いそれを、冷ますのももどかしく、孝太は口の中に押し込んだ。

 おなかが満たされていくと、不思議なもので。

 昨日のみじめな自分から、少しだけ立ち直れていく気がした。

「「おかわり…いる?」」

 ぺろりとたいらげた孝太に、声がかけられる。

 彼を拾ってくれた女の人だ。

 ひどい風邪でも、ひいているのだろうか。

 老婆のようなしゃがれた声だった。

 こくっと、孝太はうなずく。

 食欲の前では、遠慮などという理性は消し飛んでしまったのだった。
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