箱の中の彼女


 ハトが、豆鉄砲をくらった顔──と言えばいいだろうか。

 すっかり熱が下がった彼は、目を覚ました瞬間飛び起き、いまの自分の状態を把握しかねていたのだ。

 古く小さい平屋のいいところは。

 ふすまさえ開ければ、どこからでも家の中が見通せること。

 彼女は、台所からそれを見ていた。

 そんな彼に、声をかけようとして。

 はっと、美奈子はそれに気づいた。

 しかし、すぐに自分に言い聞かせる。

 気にすることはない、と。

「「おはよう、具合はどう?」」

 ヒキガエルの首を、絞めたような声。

 彼は、びくっと驚いた顔で、こっちを向いた。

「「ご飯は食べられそう? お粥を作ってるけど」」

「あ…オレ…」

 一晩あけて、腫れのひどくなった顔で、彼は戸惑っている。

「「うちの家の裏に倒れてたのよ。大丈夫?」」

 問いかけると、ゆっくりと肯いて答える。

「あ…ありがとう…」

 腫れてゆがんだ顔のまま、申し訳なさそうに礼を言う。

 美奈子は、嬉しくなってしまった。

 可愛いなあ、と。

 そして同時に、この少年が自分から誰かにケンカを売ったとか、そういうことはないんだろうなと理解もしたのだ。

 こんな素直な良い子が、そんなことをするはずがない。

 何かに巻き込まれたか、悪い奴に目をつけられたのだろう。

「「落ち着くまでいていいからね…はい、お粥」」

 お盆にのせたお粥を、枕元に置く。

 父親は、母の作るお粥が食べたいがためだけに、風邪をひいているのではないかと思う時があった。

 その母直伝の、お粥である。

 ぐーぎゅるぐるるー。

 その匂いを嗅いだ途端。

 少年の胃袋は、物凄い正直な音を立てたのだった。
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