甘え下手
百瀬比奈子は俺のマンションに入ると、特に緊張した様子も見せずにさっさとキッチンへ入った。

彼女にしては堂々としたその様子に、料理に自信があるのか手慣れているんだろうなと思った。


「料理できんの?」

「お母さん、家にいないですから、私とさーちゃんで交代で作ってるんです」

「ふーん。で、何作んの?」

「すき焼きです! 我が家秘伝の味つけですよー」

「また色気のカケラもねーな、比奈子ちゃんは」

「え? 料理に色気?」


本気で首を傾げて不思議そうにする百瀬比奈子に、「いーよ、すき焼きで」と笑った。

初めての男の家に上がって、料理ふるまってくれるって言ったら、ハンバーグとか肉じゃがとかじゃねえのって、それっぽいのを想像しただけで。


だけどそれを言ったら、そういうのを期待してたみたいだから口には出さなかった。

俺と彼女はそういう甘い関係じゃない。


「見ちゃダメです。阿比留さんはあっちで待っていてください」


「見られると落ち着かないから」と彼女は至極、真剣な表情で俺を追い払った。
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