甘え下手
まるで鶴の恩返しだな、と苦笑しながらも大人しくリビングへと戻る。

といっても1LDKのリビングはダイニングと続き部屋になっているから、カウンター越しに百瀬比奈子の料理している姿は見える。


離れてしまえば俺の存在なんて頭から抜けているようで、真剣に材料を刻んでいる。


百瀬比奈子が俺の部屋で、俺のために料理を作っている。

変な構図だと思う。


「比奈子ちゃんは愛しの室長にはその手料理、ふるまったことあんの?」

「ありますよー。お酒のおつまみとか、お兄ちゃんによく作らされますもん」

「ふーん。ポイント稼いでんじゃないの?」

「……さーちゃんもよく作ってますから」


下を向いたまま調理の手を止めずに、百瀬比奈子はちょっと笑って答えた。

得意な料理でも妹に差をつけられないらしい。


「でも自分のために手料理作ってくれれば、男は悪い気しないんじゃないの?」

「そうですか?」

「少なくとも、俺はね」
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