甘え下手
「何、今さら。照れてんの?」

「……ここ会社ですよ」


そうだった、私怒ってるんだったと思い出して、ぶすっと答えてみる。

阿比留さんはそれを演技とみたのか気にする様子もなく、自分の分のコーヒーを買っていた。


ちょっと高い豆挽きコーヒーのブラック。

もう阿比留さんの好みを覚えてしまった。


そのまま流れでカウンターテーブルに二人並んで、窓の外夜景を眺める。

夜景と行っても隣のビルの明かりぐらいしか見えないけど。


「で、比奈子ちゃんは怒り継続中なの?」

「……今は就業中です」

「もういいだろ? 上がったことにしとけよ。残り休憩時間でつけとけば」


阿比留さんの思う通りに事が運んでいくのは悔しい気もしたけれど、そろそろ仕事を切り上げようと思っていたのは事実だったし、何より阿比留さんと話をしたいと思っていたのは他でもない私自身なのだ。

阿比留さんからのアクションを望んでいたくせに、しぶしぶといった態度を取ってしまう私はあまのじゃくもいいところだ。


黙ってコーヒーを飲んでいると、阿比留さんが横から手を伸ばしてくるくると私の髪の毛を指で弄び始めた。


「だからここは会社ですってば」
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