甘え下手
「何を?」

「阿比留さんが嫌いな阿比留さんのことです」

「何それ? 意味分かんね」


阿比留さんは苦笑したけれど、きっと意味は伝わったと思う。

だから私は黙ったままコーヒーを一口飲んだ。


「悪い人でもそれが阿比留さんなら私は知りたいんです」

「……オーケー。いいよ、何が知りたいの?」


阿比留さんは少し黙って考えていたようだったけれど、私の希望に応えてくれるみたいだった。


「なんでさーちゃんのこと抱きしめたんですか」

「抱きしめたっつーか、抱き寄せただけ。こうやって」


隣からにゅっと阿比留さんの腕が伸びてきて、私の腰あたりをつかんで引き寄せた。

カウンター用の高いスチールイスから立ち上がらざるを得なくなって、そのまま阿比留さんの左半身に密着した。


スーツから立ち上るシャープな香水の香り。

ドキドキしながらも胸が焦げる。


さーちゃんもこの香りを嗅いだんだと思うと。

「会社ですから」ともう何度目かのセリフを吐いて、阿比留さんの肩を押して離れると、阿比留さんは「沙綾と逆の反応」と言って笑った。
< 300 / 443 >

この作品をシェア

pagetop