甘え下手
「もうオフィスじゃないのにな」

「だ、だからオフィスでのドキドキなんて私にはいらないんです。だって十分にもう……」

「俺にドキドキしてる?」


色気をたたえた余裕の微笑み。

そんなセリフをサラッと言えちゃう人。


だけど図星だった私は素直にコクリとうなずいた。

すると阿比留さんは褒めるように私の頬をするりと撫でた。


絡み合う視線。

阿比留さんの顔が近づいてくる。


まるでさっきと同じ。

またからかわれてるんじゃないかと思って身構える私に、阿比留さんが気づいて笑う。


「今度は焦らさないから。目閉じて口開けて」


からかわれないのは嬉しいけれど、そんな宣言されても緊張でドッと汗が噴き出す。

だけど私には他に選択肢なんてないから言われた通りに、瞼を下ろした。
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