甘え下手
阿比留さんが優子さんに特別な感情を持っていることには気づいてた。

だけどそれがまさか中学生の頃からの想いだったとは思わなくて、優子さんの言葉に私は目を丸くし固まるだけだった。


「……昔の話だから」

「あ、は、はい」


私を慰めるように微笑みかける優子さんに、意地悪な様子はどこにもなくて、私を傷つけようとか牽制しようとかいう意図がないのはよく分かる。

私の方が勝手にショックを受けているだけだ。


「それじゃ、おやすみなさい。比奈子ちゃん」

「お……やすみなさい……」


ベージュのコートの背中がドアの向こうに消えていく。

ゆっくりとドアが閉まってカチャリとロックがかかる。


その音を聞きながら、私はへなへなとその場に座りこんでしまった。


じゃあ、阿比留さんはずっと好きだった人が、お兄さんとつきあって、そして結婚するのを目の前で見てきたんだ……。


何それ。何それ。

なんでそんなことするの。


その時の阿比留さんの辛い気持ちが容易に想像できて、瞳から勝手にポロポロと涙がこぼれた。
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