甘え下手
ぎゃー、つかまる!


相手は変質者じゃなく阿比留さんなんだから、つかまったところで怖いことなんてないのに、こうして全力で人に追いかけられるというのは、なかなかの恐怖だ。

予想通り簡単に右腕を取られ、勢い余って転倒しそうなところを阿比留さんに抱きとめられる。


ああ、つかまっちゃった……。


もう走るのもしんどいし、そんなあきらめの境地で抵抗もせずに、ゼェゼェと荒い息を吐く。

大人になってからこんなに全速力で走ったの、初めてかもしれない……。


阿比留さんもしばらく息を整えていて、波の音とお互いの息遣いだけが夕焼けの海辺に響いていて、なんだか現実味のない空間だった。


だって私の腕をつかんでるのは会いたくて会えなかった阿比留さんの腕だ。

現実味がなくたって仕方がない。


「……いっそ、夢だったらいいのに……」

「……それどういう意味?」


思わずもらした独り言に、阿比留さんの怪訝そうな声が反応を返してくる。

普段ならあわてて取り繕うところだけれど、走った疲労感と全部聞かれたショックで、投げやりに本音を口にしてしまった。


「阿比留さん本人と向き合おうって思った途端に本音全部聞かれてるとか、ない……。さーちゃんに知られたら、絶対爆笑される……」
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