甘え下手
六年目でやっと掴んだチャンスだもの。

これまでで一番いい自分を見せたい。


――必死だな、比奈子ちゃん。


頭の中のデビルさんに笑われた気がした。

だけど、必死だってかっこ悪くたって、べつに構わないよ。


――じゃあ、せいぜい頑張れば。


きっと阿比留さんなら口端を上げてそう言うんだろうな。

あの日だって怒らせてしまったのに、結局は私の恋愛相談になってしまっていた気がする。


片想いが長すぎて今さら告白なんて到底無理だけど、それでもちょっとでも想いが伝わるくらいには頑張る……!

阿比留さんのアドバイスを無駄にしないためにも……!


目の前に松茸のお吸い物が並んで、上品な良い香りが鼻腔をくすぐる。


「食べようか」


言われてお箸を持って、お椀を口に運ぶけれど、胸がいっぱいでお腹が空かない。

美味しい気がするけれど、今いち味がよく分からない。


次に運ばれてきて鴨のお造りも、この間みたいに感動するような美味しさは感じられなかった。
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