テノヒラ
玄関に入ると、懐かしい匂いがした。
家の匂い。

『お邪魔します』

とりあえず言ってみて
部屋にあがる事にした。
さっき見た家族の姿はどこにもなく、あたしは茶の間に座った。

『懐かしいなぁ』

あたしは部屋の真ん中にある大きいテーブルに触れた。

その時奥の部屋から
ドライヤーを使う音がして…

「パパ!!」
あたしがその部屋を覗こうとした時、
子供が泣きながら
あたしの横を走り抜けて行った。

多分5歳くらいのあたしだ。

「お出かけやだぁ!
ゆみも!ゆみも!」

じだんだを踏みながら
必死にドライヤーを止めさせようとする、幼いあたし。

あたしは、ため息をつくと、その姿に少し笑っていた。

…こんなだったのか…

父は当時リーゼントがお決まりのスタイルで、
どこかに出かける時や、仕事の時には必ず、時間をかけてドライヤーを使っていた。

だから、幼いあたしの中でドライヤーは父の外出の前触れみたいな物だから、音が聞こえると大騒ぎだったみたいだ。

「ゆみちゃん、パパはお仕事なんだからしかたないのよ」

部屋を覗いてるあたしの横に母が立って。

「…あなたもゆみがいない時にドライヤーしたら?」

「うるせーな」


幼いあたしが固まる。


さっきの幸せな空気なんて、かけらもない。
父は母を見ようとはしないし、
母は父に冷たい眼差しをむけ、
幼いあたしはただ二人の顔色をみてる。

父は当時家を母に任せ
ホテルで働いていた。
しかし、父はいつ頃からか、仕事と言いながら外で女性と会っていたらしい。

今考えると父と母の歳の差が18歳
正直、母が歳老いていくのについていけなかったのかもしれない。

幼いあたしが父を必死に止めるのは、父が出かけると母の機嫌が悪くなるのがわかってたから。

ドライヤーは家庭崩壊のサイレンだったのかもしれない。
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