Over Line~君と出会うために
 貴樹の苦し紛れの言い訳に、彩は納得してくれたらしい。少なくとも、貴樹はその時点ではそう解釈した。彩の想いは、それとは全く別の場所にあったのだけれど。
 その後、彩の手料理を食べながら話をして、貴樹は日付が変わる前には彩の自宅を後にした。明日から、また数日に渡って留守にしなければならないのに、準備を何もしていなかったからだ。彩が何か言いたそうにそわそわしていたのには気づいたけれど、その内容が何であるかなんてことまでは気が回らなかった。
 彩が、泊まってくれてらいいのに、と思っていたことに、貴樹は気づけなかった。
 彩からそう言い出してくれたのなら、もしかしたら、何か変わっていたかもしれない。だが、そうはならなかった。彩は、貴樹には貴樹の事情があるのだと自分を納得させてしまい、それについて貴樹に問い質すことはしなかったからだ。
 普段はどうでもいいことをべらべらと喋る貴樹が、頑なに口にしようとしない〝仕事〟のことは、きっと、話題にしたくないことなのだと彩は解釈していた。別に、怪しげな仕事をしているようには思えなかったし、そんなことを無理に聞き出そうとも思わなかった。言ってくれなくても寂しくないと言えば嘘になるけれど、貴樹が言いたくないのならそれでもいい、と思ってしまったのだ。
 ただ、何となく気になった。だから、羽田空港まで行ってみようかな、と、彩は考えた。
 飛行機の時間と目的地は聞いたのだから、こっそりと見に行くくらいなら大丈夫だろう。要は、向こうの関係者と顔を合わせなければいいのだ。確かに、仕事関係の人たちがいる場でプライベートな関係者と会うのは、気まずいのはわからないでもないからだ。
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