Over Line~君と出会うために
 メールの着信音が鳴る。
 だが、ホテルの部屋でシャワーを浴びていた貴樹には、その音は聞こえなかった。肌への刺激が強いくらいの熱いお湯を頭からかぶって、身体から疲労を追い出そうとする。けれど、蓄積されてしまったそれは、熱いシャワーを浴びたくらいでは簡単に回復してはくれない。
「……さすがに、疲れたかも」
 降り注ぐお湯の中に立ち尽くしたままで、小さくつぶやく。酷使のし過ぎでかすれてしまった声は、傍から聞いていれば痛々しいと顔をしかめられてしまうだろう。
 連日のライブで酷使される身体と、声。いつも以上に気を使い、きちんと管理をしているつもりでも、移動の続くツアー中は思いもよらない事態が起きる。体調を崩すことだって、ありえないことではない。
 だが、それを会場に集まったファンに悟らせるようなライブをするのは、貴樹のプライドが許さなかった。それは、プロとしてしてはならないことだと思っていた。
 それでも、辛い時はある。身体はくたくたに疲れていて、ライブが終わった後には自力で楽屋に歩いて行けないほど、疲労している。両脇をスタッフに支えられて、やっとのことで楽屋に辿り着く。それでも、アンコールには応えて出て行かなければならない。自分を待っている人が一人でもいる限りは、そこで歌うのが自分の選んだ道だから。
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