Over Line~君と出会うために
「大輔が……ああ、大輔ってのは私の幼馴染ですけど、あなたが見つけたあの栞、あれは、彼の悪戯なの。だから、私自身は興味があるわけではないんだけど……あなたがあれに反応したのが、ちょっと、面白かったんです」
「幼馴染……」
「うん、そう。私は詳しくないけど、御坂大輔(みさかだいすけ)って」
「まさか、キャラデザのミサカダイスケ!?」
言いかけた彩の台詞を遮り、貴樹が叫んだ。
「たぶん、そうだと思う……けど……」
いきなり目をキラキラとさせ始めた貴樹に、彩は面食らう。それまでもにこにことしていたのは変わらないが、これまでとは表情がまるで違う。そんなにもスイート何とかが好きなのか、と、的外れなことで感心してしまう彩である。
だけど、そんな彼の変わりようが可愛いとも思った。
取り澄ましたような表情も、派手に見える軽そうな外見も、全て吹っ飛ばしてしまうほどに、その表情は彼の素を現しているように思えたからだった。
「さ、サインとか、もらえたりする!? ああああ、そんな図々しいこと言ったら俺は人として」
「そ、そんなに好きなの?」
「そりゃ、好きだよ! あすかたんは俺のよ――」
そう言いかけて、貴樹ははっとしたように口をつぐんだ。そこで、ちょうどメインの料理が運ばれてきたからだ。
慌てたように周囲を見回して、貴樹は居住まいを正した。そこには、ほんの少し前まで興奮していた彼の面影はどこにもない。子供のように目を輝かせて大輔のことを聞いてきた彼は、一瞬でその姿を引っ込めてしまっていた。
それが、少し寂しい気がした。そうやって取り繕ってしまうのは、大人の処世術なのだろう。そういう趣味を堂々と言うことは恥ずかしいとされるのが一般的だから、きっと、彼もそう思ってのことなのだ。大輔のようにそれを仕事にし、いつでも胸を張って話している人の方が少数派なのだから。
せっかく会話が進もうとしていたのに、途切れてしまっていた。
メインを運んできた従業員が席を外しても、今更、同じ話を始める空気はどこにも見つけられない。
そうなってしまうと、美味しいはずの料理も味気なく感じてくるから不思議だった。
どうするべきか、もう一度どうにか会話の糸口を探すべきか、とさり気なさを取り繕った顔で思案している彩の前で、貴樹は貴樹で、全く別のことを考えていた。
(どうしよう、俺、調子に乗って馬鹿なこと口走った……!!)
表面上は呑気な様子を取り繕ってはいても、貴樹の心中は最初からかなりの不審者モードだった。もし、貴樹の心の中を覗ける人間がいたとしたら、即座に通報されてしまいそうなくらいに。
それが、彩が『スイートキューティ』の話題を出してきたことで、一瞬、素の自分が思いっきり出た。隠しようもなく、出してしまった。
いや、もとより彩に対して隠すつもりもないし、最初のアレでばれてしまっているのだから、今更なのかもしれない。それでも、今日だけはカッコよくスマートに印象付けようと思っていたのに。
彩の幼馴染の話に思わず食いついてしまったのは、ファンとしては仕方のないことだと認める。貴樹ではなくとも、ファンであればあの状況で興奮せずにはいられないだろう。何しろ、キャラデザのミサカダイスケはファンにとっては神なのだ。神の話が出てきて食いつかずにいては、ファンの風上にも置けない。
だが、あれでは、まるでそれだけが目当てのバカなオタクではないか。そもそも順番が逆であることはそっちのけで、貴樹は盛大にうろたえる。もし、今のバカすぎる発言で彩にそう思われていたとしたら、地球の裏側まで穴を掘って埋まってしまいたい。
あそこでメインが運ばれてきて、正直、助かった。咄嗟に口をつぐみ、不自然な形で会話は途切れてしまったが、あれ以上の失態を披露せずに済んだからだ。もちろん、ここはREAL MODEの東城貴樹で来ることも多々あるわけで、そんな話をしていたことが面白おかしく吹聴されてしまっても困る、という事情もある。けれど、こういう場所の従業員は洗練されているから、客の個人的な会話の内容までを外に漏らすようなことはないはずだ。そう思ってはいても、警戒だけは怠らない。それは、ここ数年の生活の中で身に着けてしまった、悲しいまでの習慣だった。
そんなことばかりを考えていたから、貴樹だって、ちっとも味なんてわかっていなかった。
美味しいでしょ、と、もっともらしく尋ねてはみるけれど、尋ねた貴樹自身が美味しいのかどうかもわかっていないのだから、何とも頼りない限りである。
華やかに思われがちだが、貴樹は、あまり恋愛には縁がなかった。イメージという問題もあるし、スケジュールも詰まっているから、安易に女性とは付き合えないという理由もあるが、そもそも、知り合う機会がない。
こんなふうに売れ出す前には、それでも、恋人がいた。だが、人気が出るにつれてスケジュールが過密になり、自然に彼女と会う時間も減って行き、あまり連絡を取れないでいるうちに愛想を尽かされてしまった。彼女は、〝REAL MODEの東城貴樹〝という存在には重きを置いていなかった。それどころか、価値があるとは思っていなかったのだろう。人気が出たら捨てられたも同然だから、きっと、そうだったのだ。
人気が出たことで、知りもしない女の子から声をかけられることは増えたのに、彼女はいなくなってしまったから。
彩とそういう関係になりたい、とか、今のところ、そんなことまでは考えていなかった。彩は可愛い顔立ちをしていたし、貴樹のことを芸能人というフィルターで見ない。たぶん、さっきの発言だって笑って流してくれる。そんな気がする。だけど、そうだからと言って、今すぐ彼女に恋するかと言えば、それはわからなかった。
それでも、予感がした。
きっと、自分は彼女を好きになる。そんなひそやかな確信が生まれるのに、時間は要らなかった。
結局、双方がぎこちないままの食事は、次の連絡をするという約束を交わして終わりを告げた。それは、貴樹にとって想定外の成果であったことは、言うまでもない。
「幼馴染……」
「うん、そう。私は詳しくないけど、御坂大輔(みさかだいすけ)って」
「まさか、キャラデザのミサカダイスケ!?」
言いかけた彩の台詞を遮り、貴樹が叫んだ。
「たぶん、そうだと思う……けど……」
いきなり目をキラキラとさせ始めた貴樹に、彩は面食らう。それまでもにこにことしていたのは変わらないが、これまでとは表情がまるで違う。そんなにもスイート何とかが好きなのか、と、的外れなことで感心してしまう彩である。
だけど、そんな彼の変わりようが可愛いとも思った。
取り澄ましたような表情も、派手に見える軽そうな外見も、全て吹っ飛ばしてしまうほどに、その表情は彼の素を現しているように思えたからだった。
「さ、サインとか、もらえたりする!? ああああ、そんな図々しいこと言ったら俺は人として」
「そ、そんなに好きなの?」
「そりゃ、好きだよ! あすかたんは俺のよ――」
そう言いかけて、貴樹ははっとしたように口をつぐんだ。そこで、ちょうどメインの料理が運ばれてきたからだ。
慌てたように周囲を見回して、貴樹は居住まいを正した。そこには、ほんの少し前まで興奮していた彼の面影はどこにもない。子供のように目を輝かせて大輔のことを聞いてきた彼は、一瞬でその姿を引っ込めてしまっていた。
それが、少し寂しい気がした。そうやって取り繕ってしまうのは、大人の処世術なのだろう。そういう趣味を堂々と言うことは恥ずかしいとされるのが一般的だから、きっと、彼もそう思ってのことなのだ。大輔のようにそれを仕事にし、いつでも胸を張って話している人の方が少数派なのだから。
せっかく会話が進もうとしていたのに、途切れてしまっていた。
メインを運んできた従業員が席を外しても、今更、同じ話を始める空気はどこにも見つけられない。
そうなってしまうと、美味しいはずの料理も味気なく感じてくるから不思議だった。
どうするべきか、もう一度どうにか会話の糸口を探すべきか、とさり気なさを取り繕った顔で思案している彩の前で、貴樹は貴樹で、全く別のことを考えていた。
(どうしよう、俺、調子に乗って馬鹿なこと口走った……!!)
表面上は呑気な様子を取り繕ってはいても、貴樹の心中は最初からかなりの不審者モードだった。もし、貴樹の心の中を覗ける人間がいたとしたら、即座に通報されてしまいそうなくらいに。
それが、彩が『スイートキューティ』の話題を出してきたことで、一瞬、素の自分が思いっきり出た。隠しようもなく、出してしまった。
いや、もとより彩に対して隠すつもりもないし、最初のアレでばれてしまっているのだから、今更なのかもしれない。それでも、今日だけはカッコよくスマートに印象付けようと思っていたのに。
彩の幼馴染の話に思わず食いついてしまったのは、ファンとしては仕方のないことだと認める。貴樹ではなくとも、ファンであればあの状況で興奮せずにはいられないだろう。何しろ、キャラデザのミサカダイスケはファンにとっては神なのだ。神の話が出てきて食いつかずにいては、ファンの風上にも置けない。
だが、あれでは、まるでそれだけが目当てのバカなオタクではないか。そもそも順番が逆であることはそっちのけで、貴樹は盛大にうろたえる。もし、今のバカすぎる発言で彩にそう思われていたとしたら、地球の裏側まで穴を掘って埋まってしまいたい。
あそこでメインが運ばれてきて、正直、助かった。咄嗟に口をつぐみ、不自然な形で会話は途切れてしまったが、あれ以上の失態を披露せずに済んだからだ。もちろん、ここはREAL MODEの東城貴樹で来ることも多々あるわけで、そんな話をしていたことが面白おかしく吹聴されてしまっても困る、という事情もある。けれど、こういう場所の従業員は洗練されているから、客の個人的な会話の内容までを外に漏らすようなことはないはずだ。そう思ってはいても、警戒だけは怠らない。それは、ここ数年の生活の中で身に着けてしまった、悲しいまでの習慣だった。
そんなことばかりを考えていたから、貴樹だって、ちっとも味なんてわかっていなかった。
美味しいでしょ、と、もっともらしく尋ねてはみるけれど、尋ねた貴樹自身が美味しいのかどうかもわかっていないのだから、何とも頼りない限りである。
華やかに思われがちだが、貴樹は、あまり恋愛には縁がなかった。イメージという問題もあるし、スケジュールも詰まっているから、安易に女性とは付き合えないという理由もあるが、そもそも、知り合う機会がない。
こんなふうに売れ出す前には、それでも、恋人がいた。だが、人気が出るにつれてスケジュールが過密になり、自然に彼女と会う時間も減って行き、あまり連絡を取れないでいるうちに愛想を尽かされてしまった。彼女は、〝REAL MODEの東城貴樹〝という存在には重きを置いていなかった。それどころか、価値があるとは思っていなかったのだろう。人気が出たら捨てられたも同然だから、きっと、そうだったのだ。
人気が出たことで、知りもしない女の子から声をかけられることは増えたのに、彼女はいなくなってしまったから。
彩とそういう関係になりたい、とか、今のところ、そんなことまでは考えていなかった。彩は可愛い顔立ちをしていたし、貴樹のことを芸能人というフィルターで見ない。たぶん、さっきの発言だって笑って流してくれる。そんな気がする。だけど、そうだからと言って、今すぐ彼女に恋するかと言えば、それはわからなかった。
それでも、予感がした。
きっと、自分は彼女を好きになる。そんなひそやかな確信が生まれるのに、時間は要らなかった。
結局、双方がぎこちないままの食事は、次の連絡をするという約束を交わして終わりを告げた。それは、貴樹にとって想定外の成果であったことは、言うまでもない。