短編集

島子の話


 島子の本名は、筒川島子という。
 率直に言って『筒川村の島子』ということなのだが、これはレオナルド・ダヴィンチと一緒の理屈で、彼も『ダヴィンチ村のレオナルド』という意味だからである。
 
 余談はさておいて、島子のご先祖様は月読命。
 ツクヨミのみこと、と読むのだが、このツクヨミさまは伊勢神宮のアマテラス大神さまの弟ぎみで、海をつかさどり、月日を読むので、ツクヨミ、と呼ばれた。
 ツクヨミさまもたいそうなハンサムさんであったが、この島子もまた、乙女であれば誰でも心を奪われるほどの美丈夫、つまり、いい男なのであった。
 
 ただし、頼りなく、少し気が弱かった。

 母親は亀の化身の亀比売で島子の父と不死の国、蓬莱山で暮らし、島子の父だけがこちらに戻ってきて玉櫛笥(たまくしげ、化粧箱)を開いた途端、息絶えた。
 島子は母が神でさえも感染するという強力な病に伏して逝去した際、父のいたこの筒川の村で暮らすことにしたのだった。
 母のいた蓬莱の国では星の子たち、スバル星(プレアデス)、アメフリ星(ヒアデス)と呼んでいたその星たちが、島子を見守っているかのように、いつも輝いている。
 
 
 あずみに聞かせている『筒川の名物は星空』というのは、ここから来ていた。

 
 あずみとのことも自信があるわけではなく、あずみが自分を好きだ、カッコいいね、などとのろけてくれるから、そうしているだけ。
 じつは島子本人も、はじめは流されているだけ、と、そう思っていたのだった。
 自分から誰かを愛したわけではなかったので、愛されるということの意味さえ、島子には理解できなかったのかもしれない。
 だから、めんどうなことは避けてきた。 
 しかしあずみと出会ってからの島子には、少しずつ心の変化が見られるようになっていった。
 あずみは島子が地上で初めて目にした女の子。
 しかもとびきりの美人であり、美形の島子と釣り合いの取れるのもうなずけた。
 それでも、島子には自信がわいてこなかったので、どうしても一歩が踏み出せず自分も同じはずなのに、あずみにだけ、好きだと言わせてばかりいた。


「そうさなあ。今のおまえに足りないのは、勇気だよ」  
 吉備津彦の皇子さまが島子にアドバイスを送る。
 皇子様は17歳で島子は20歳、ちなみにあずみは18歳である。
 年下で経験豊富な皇子様は、赤子同然の島子に知恵をつけてやるのが仕事でもあった。
「女にいわせてばかりじゃあ、人生つまらん。たまには、おまえから迫ってやれ。そのほうが、あずみも惚れてくれるぜ」
「ど、どうすればいいのでしょうか。なんて言ってあげたら」
「とろけるような甘い愛の言葉」
「いいっ、言えません…思いつきませんよ…」
 頬を赤くしながら島子。
 皇子は、額に指を当てがいながら言った。
「うーん…。島子は迫るキャラじゃねえもんなあ」
「すいません…」
「おう、そうじゃそうじゃ。おめえ、丹後生まれじゃろ。京都弁であずみに告白したらええで。そのほうが確実にしとめられる」
 皇子は岡山出身なので、岡山弁で島子を急き立てる。
「京言葉ですか」
「な、伝えてやれよ。女を悲しませたらいけん、愛してやれ。それができて、男ってもんだぜ」
 

 皇子に言われたとおり、あずみといろりを囲んで食事というときに、島子はあえて隣に腰を下ろす。
 そしてあずみの肩を抱きながら、京言葉を繰り出した。
「じつはな。ぼく、きみのこと好きなんや。勇気がないばっかに、おそうなって、すまんことした。待たせてごめん」
「ううん。待ってた甲斐あったよ。やっと答えが返ってきて、私うれしいもん」
 島子は顔をあずみのほうへと、ゆっくり近づけていく…。

 窓に降り注ぐ星の光、蓬莱の子供たちが照らしている、か細い光は、愛に目覚めたばかりの恋人たちを祝福して、競い合うかのようにして輝いていた。        
 
 
 
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