Secret Lover's Night 【完全版】
ソファに座った千彩が、どこか居心地が悪そうに身動ぎする。両足を上げて抱え込むと、位置が決まり落ち着いたのか漸く動きが止まった。

「この部屋まっくら」
「テレビ点けたらもっと明るなるけど、点ける?」
「いい」

尋ねたいことは、それこそ山のようにある。けれど、その順序と、一言目に出す言葉が決まらない。
じっと考え込むような晴の顔を見上げ、千彩が不安げな声を漏らした。

「はる?」
「ん?あぁ、いくつ?」
「ん?」
「とし」
「ちさの?じゅう・・・なな」
「はいっ!?」
「17歳。はるは?」
「にじゅう・・・はち」

なんてことだ!と、晴は頭を抱えたくなった。あまりの驚きに思わず大きな声を上げ、俯く千彩の横顔をまじまじと見つめる。

未成年どころか、夜の街に出入りすら出来ない年齢。そんな女の子を連れ帰ってしまった自分。これは、もしかしたら…もしかしなくても、犯罪なのではないだろうか。
晴の頭の中を、「17」という数字がグルグルと回る。

「家は?」
「あのビル」
「そうやなくて」
「関西に住んでた。でも、もう帰る家、無いから」

徐々に小さく、弱くなっていく千彩の声に、俯いたままの顔を覗き込む。泣き出してしまうのではないか。と、咄嗟に千彩の頭を抱え込んで前髪越しの額に唇を寄せた。

「まぁ、えっか。うん、ええわ」
「なにが?」
「何もかも、ぜーんぶ」

千彩の髪から香るのは、自分と同じシャンプーの甘い香り。ドクン、と鼓動が跳ねるのがわかった。

犯罪者になるのは、出来れば御免蒙りたい。けれど、どうしてもこの子をこの腕の中に閉じ込めておきたい。
そんな理性と誘惑の間で、晴の心はぐらりと揺れていた。

「明日…朝になったら帰るね?」

遠慮がちに出された言葉に、ハッと息を呑む。帰すわけにはいかない。どんな理由があるにせよ、あの街で働くには千彩は幼すぎる。
そんな正論と、それに混じる正反対の欲望。咄嗟に表に出てしまうのは、どんな時だって後者だ。

「あかんで」
「え?」
「起きたら買い物行くんやから」
「?」
「服も靴も買うたる言うたやろ?どこ行こっかな。池袋?渋谷?どこでも連れてったんで」

不安げに見上げていた千彩の顔が、ふわりと綻ぶ。それに安堵し、柔らかな灯りの下、晴も微笑んだ。


追い出されることを覚悟して素直に答えた千彩だけれど、追い出すどころか留まるようにと言われ戸惑いを隠せない。

「はるは…ね」
「ん?」

遠慮がちに出した言葉を、優しそうに目を細め拾ってくれる晴。

「お?」

スリスリと晴の首元に頭を擦り寄せ、後頭部に優しく触れる手の心地良さにうっとりと酔いしれた。

「なぁ、千彩」
「ん?」
「ここに住むか?」
「ここに?」
「そう。俺と一緒にここで暮らすか?」

その言葉にバッと体を離し、千彩は驚く晴をグッと押し返して距離を取った。

お札の大量に詰め込まれた箱が千彩の脳裏に蘇る。

「…いや」
「千彩?」
「はる…嫌い」
「おいおい。どないしてん、急に」

ブンブンと頭を振り、千彩は拒絶の意を示す。優しく触れられる手を払い除けた時、大量の涙が零れ落ちた。

「キライ!キライキライキライ!」
「ちょ、落ち着けって。何が嫌やってん」

伸ばされる手を払い続け、錯乱に近い状態で「嫌い」と泣き続ける千彩。何が「イヤ」で、何が「キライ」なのか。それさえ自分の中で理解出来ていない状態だった。

「千彩、聞いて?」

諭すような晴の声に、抱え込んだ膝を両腕で力一杯抱き締める。膝に額を付けたまま小さく纏まった状態で、千彩は次に紡がれるだろう晴の言葉を静かに待った。

「別に俺は千彩をどうかしたろうなんか思ってへんで?」
「…うそ」
「嘘ちゃう。信じてや。ここに居り?な?」
「イヤ!はるもちさほかすもん!ちさどっか売るもん!」
「あほか!誰がそんな…」

言い終わってしまう前に。と、千彩は勢いよく晴に抱き着いた。縋りつくように、ギュッと。


捨てないで・・・捨てないで・・・


縋る相手など、他に居なかった。自分を腕の中に納めてくれる晴の存在が全て。
スンと鼻を鳴らし、どうしても音に出来ない言葉を千彩は呑み込む。

「なぁ、千彩」
「・・・」
「千彩、大丈夫やから。俺がお前のこと守ったるから」

優しい音で名を呼ばれ、ゆっくりと頭を撫でられる。それだけで得られる満足感が、千彩の中に確実に存在している。

「起きたら買い物行こうな?おやすみ、千彩」

優しい声音が、胸の奥に柔らかな彩を添えてくれる。そのまま身を委ね、離さぬようにキツく抱いてくれる腕の中で眠りに落ちた。
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