白雪姫と毒林檎
宣言通り放課後になると毎日教室にやって来る志保と、明治の陰に隠れて何とかその魔の手から逃れようとする麻理子。それに楽しげに巻き込まれていた明治は、自分がとんでもないミスを犯していることに気が付いていなかった。


麻理子が転入してきてから半月が経ったある日。
委員会の都合で練習も無く、ここぞとばかりに志保に雑用を押し付けられていた明治は、忘れ物を取りに戻った教室で居るはずのない人物の姿を見つけた。

「マリー…?」

眠ってしまっているのだろうか?と思いそっと近付いてみるも、どうやらそうではないらしくて。小刻みに揺れる麻理子の肩を確認し、明治はふぅっと静かにため息をついた。

「Mary.What's happen?」

そう声を掛けると、ビクリと麻理子の肩が揺れる。
それでも顔を上げようとしない麻理子は、その声の主が誰なのかをわかっていた。

「…何でもないわ」

弱々しいその声に、明治は「いったい何事だろう…」と不安を抱く。
問い質したところで、意地っ張りの麻理子が素直に言うとも思えない。けれど、それをやってみたくなったのには理由があった。

「何でもないならどうして泣いてるの?」
「I don't cry.」
「嘘だよ。こんなにいっぱい涙が出てるじゃないか」

そっと頬に触れる明治の手に誘われ、麻理子がゆっくりと目を細める。
いつもこうならいいのに…とクラスメイトの前で意地を張り続ける麻理子を残念に思いながら、明治はゆっくりと麻理子の頭を撫でた。

「どうしたの?」
「わからないの…これ」

指されたのは、明治でさえも「ちょっと厄介だな…」と思っていた古典の宿題で。「これは少し難しいかもね」と応えながら、「だから待ってたのか」と明治は心の中で苦笑いを零す。

「わかる?」
「わかるよ。教えてあげようか?」
「really?」
「sure.」

にっこりと笑う明治に、麻理子はまだ何か言いたげで。
麻理子の言葉を待ちながら、明治はゆっくりと机に広げられた教科書とノートを片付け始めた。

そして、柔らかな声音で言葉を紡ぐ。

「それで泣いてたの?違うよね?」

まるで「お見通しだ」と言わんばかりの明治の言葉に、麻理子は渋々頷く。
いくら意地を張ったとて、明治には全てお見通し。何せ彼は悪魔なのだから。と、素直な麻理子はそう信じていた。

「気味が悪いって…言われたの」
「誰に?」
「原西さん。近寄らないでって」
「酷いこと言うね。俺が明日ちゃんと言っておいたげる。だからもう泣かないで?」

その言葉に、涙を堪えたままの麻理子がぺたりと明治の肩口に額を寄せる。
抱き締めるよりも頭を撫でる。それが麻理子に一番効果的なのは、明治が一番よく知っていた。


「アタシ…friendが欲しい」


震える声を受け止めながら、明治はそれでも麻理子の頭を撫で続ける。そして、そのまま耳元で囁いた。

「俺はMaryのfriendだよ。一人ぼっちになんてしないよ」

柔らかな明治の言葉に、ゆっくりと麻理子は顔を上げる。
見つめ合った時間はほんの一瞬。けれど、お互いにそれをとても長く感じていた。

「ずっとfriendでいてね?メーシー」

不安げに揺れた瞳でか細い声を押し出す麻理子に、明治はにっこりと笑って応える。茜色に染まる教室で、確かな約束が交わされた。
< 13 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop