白雪姫と毒林檎
翌朝、やはり麻理子を先に席に着かせた明治は、教室の後方で集まる女生徒の中に何の遠慮も無く割って入った。

「原西さん、ちょっといいかな?」
「さっ…佐野君?」

どす黒いオーラを背負う明治に、名を呼ばれた少女は一歩後ずさる。
それでもお構いなしに笑顔を作る明治は、隠すことなく不機嫌を纏っていた。

「どう…したの?」
「どうしたの?じゃないよね。俺が何を言いたいかわかるでしょ?」
「わっ…わからない」
「そっか。それは残念だ」

少し首を傾け、明治は怯える少女をじっと見据える。

「俺が今から言うこと、よく聞いてね」
「ん?なになに?」

話の腰を折って飛び入り参加してきたのは、朝練がいつもより早く終わり、「せっかくだから!」と麻理子をからかうためにわざわざ淳也に付いて教室へやってきた志保だった。

「何か面白いこと?」
「おはようございます、三井先輩。ちょっと今取り込み中なので、遠慮してもらってもいいですか?」
「あらー。怖い顔」

ジロリと睨みを利かせる明治だけれど、相手は志保だ。それが通用しないことはわかっている。
案の定志保は「うふふー」とわざとらしく笑いながら明治の頬をぷにっと突き、何の恐れも無く褐色の瞳を見つめ返した。

「朝からイジメ?」
「俺が?」
「女の子イジメちゃダメだよ、アキちゃん」
「そんなことしませんよ。少し話をしてただけです」
「そんな風には見えなかったけどなー」

じっと見つめ合いながら静かに言い争う二人を遠巻きに見ながら、麻理子と淳也は思った。魔女と悪魔が戦っているっ!と。

「先輩には関係ないので、引っ込んでてもらっても?」
「うーん、どうしようかな」

このまま時間を稼いでHRの開始を待とうという志保の考えは、明治には当然お見通しで。それをどう阻止するかを思案するのだけれど、その方法は一つしか思いつかなかった。

そして、その方法のリスクの大きさに明治は悩む。

昨日麻理子に言った言葉に対して、どうしても謝罪が欲しい。けれど、そのためには今ここで志保の妨害を乗り越えなければならない。
試しているのか…と、普段から自分の一枚上手を行く志保を見据え、だったら!と明治は覚悟を決める。

「邪魔すんなよ、志保」
「あら?「佐野君モード」やめちゃうの?」
「やめだよ、そんなの。俺は麻理子を守る」
「あらら。男らしい」
「煩い。向こう行ってろよ。お前には関係無い」

声のトーンをぐっと低くした明治に、集まっていた少女達はもう涙目になっていて。何とかそれを止めてやりたいとは思うのだけれど、親友の淳也でさえ明治のあまりの怒り心頭ぶりに手出しが出来なかった。

「ジュン、止めなさいよ」
「いや、普通に無理だろ。無茶言うなよ、麻理子」
「アンタしかいないじゃない」
「何で怒ってるか知んねーけど、放っとけよ。アキがあそこまで怒ってんだ。きっと原西がよっぽどのことしたんだよ」
「え?原西!?」

涼しい顔をして傍観者を決め込もうとする淳也とは正反対に、麻理子は大きく目を見開いて立ち上がってしまって。慌てて腕を掴もうとは試みたのだけれど、麻理子の行動力には敵わなかった。

「メーシー!」

志保の存在に気付かずに割って入って来てしまった麻理子は、大嫌いな魔女の姿を見つけ「うっ」と呻く。

「おはよう、マリーちゃん」
「・・・」
「あらら。随分嫌われちゃったもんだ」

やれやれと両手を広げて肩を竦め、志保は返事をしないまま顔を背けた麻理子の前に立った。

「ねっ、この子何かしたの?」
「・・・」
「黙ってちゃわかんないよ?この子、マリーちゃんに何かしたの?」
「口挟むなっつってんだよ!あっち行け!志保」

完全に頭に血が上って声を荒げた明治に、いつの間にかほぼ揃ってしまったクラスメイトの視線が集まる。初めて見る明治の姿に、誰もが息を呑んで次の言葉を待つ。そこに割って入ろうなどという勇敢な人物はいなかった。

そう、たった一人を除いては。

「stop!please…please stop」

泣き出しそうな麻理子の声に、漸く明治の頭に冷静さが戻った。

「stop,stop,Aki」
「いや、でもね?こうゆうことはちゃんとしとかないと」

フルフルと大きく頭を振りながら止める麻理子の肩をポンッと叩き、明治はいつもの優しい声で言った。

「Don't worry,Mary.I defend you.」

ただ、麻理子を守りたい。

その一心で明治は少女と向かい合う。クラスに上手く馴染ませようなどという思いは、昨日茜色の空と一緒に消えてしまっていた。

「原西さん。君が彼女を嫌うなら、俺も君を嫌う。知ってるんだよ?君がどうして彼女にあんなこと言ったのか」
「それは…」

言い訳をしたくとも、明治の褐色の瞳に捕らえられては身動ぎさえも叶わない。
ましてや相手は明治だ。何を言っても何の効力も無いことは少女とてわかっていた。

「ごめん…なさい。でもっ…」
「麻理子は俺の友達だ。今後一切手出しは許さない」
「佐野君…」
「話はそれだけだよ。席に行こう、麻理子」

背を向けた明治に、志保は「やれやれ」と両手を広げて肩を竦める。

「アキちゃーん」
「何だよ」
「いいの?」
「お前が割って入って来なきゃこうはならなかった」
「私のせい?」
「他に誰のせいなんだよ。バカ志保」

振り返りもせずに可愛くない言葉を放つ明治の肩をガシッと掴み、志保はニヤリと嫌な笑みを見せた。

「さすが私の悪魔ちゃん」
「お前のじゃねーよ」
「先生まだ来なくて良かったね」
「余計なお世話だ。さっさと自分の教室に行けよ」

幼なじみ二人にとっては、これはほんの日常会話で。
けれど、シンと静まり返った教室の中で明治のこんな一面を知る人物は、たった二人しかいない。

「佐野が…キレた」
「佐野君が怒ったの初めて見た…」

コソコソとあちらこちらで囁かれる声に、明治はグッと眉根を寄せて耐える。そして、未だ纏わりつこうとする志保を振り切り、小さく震えている麻理子の頭を撫でた。

「大丈夫?」
「…平気」
「ごめんね。こんな騒ぎにするつもりはなかったんだ」
「…うん」

おかげで計画が台無しだ。と、チッと舌打ちをした明治は、小さく震える声を押し出した麻理子と視線を合わせ、特別優しい声で囁いた。


「俺が守ってあげる。言っただろ?俺は麻理子のfriendだって」


男女問わず、皆から好かれている明治。
そんな明治が自分の友達だと言ってくれることは、麻理子にとって何より心強いことだった。

そして、あの言葉を思い出す。

「アタシ…このままでいいの?」
「ん?当たり前じゃないか。麻理子は麻理子だよ。偽る必要なんてないだろ」

にっこりと笑う明治に大きく頷き、麻理子は俯いて大粒の涙を零した。
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