サラリーマン太郎の勇者日記
ユースケは深くため息をついて、私のほうを見つめた。
その瞳はひどく憂いに満ちており、私に対する愛しささえ、感じさせる。
いったい、なぜそんな顔をするんだね――。
「なぜ? 知らないというのは、やはり、悲しいことだ。俺のことすら忘れてしまい、あのことも忘れてしまったのだろう」
「あのこと?」
横を向いていた顔をこちらに戻し、ユースケは言った。
「ユースケ、って名前に、聞き覚えがないか。・・・・・・太郎」
私は必死に思い出そうとしていた。
ヘルギくんは私を案じたのか、ユースケに怒号を張り上げる。
「このオヤジをきさまはどうするつもりだ、取り込む気か? お前もあいつの挑発に乗るなよ」
「いや、そうじゃない・・・・・・ええと、ユースケ・・・・・・」
ふと、何かをひらめきかけた。
ヘルギくんが槍のゲイボルグを投げつけたことによって、再び記憶ははじけ飛んでしまったが・・・・・・。
「よせ、ヘルギくん!」
「平和主義者は黙ってろ。ユースケっていったな、きさまはこの俺が、倒す」
「そして、グラムを取り戻すか? 残念だが、それはできないね」
ふたりの激しい小競り合いが始まっているのを、私はただ、呆然と見守るほかなかった。
そのうち、やっとユースケという名前の謎が解け始めてもいた。
「あ、あ、あ! そうか、ユースケ! 思い出した」
私はユースケに近づいた。ヘルギくんは私に気づいて、
「危ないから戻れ!」
と叫ぶが、わたしはおかまいなしだった。
「でもなぜきみが、お兄ちゃんの、これからつけようとしていた子供の名前を知っているんだ」
ユースケはそれまで険しかった表情を、少し緩めると、
「それは、俺自身がお前の兄、ヒロシだからだよ」
と、自分の正体を明かすのだった。
「にいちゃん!? でもなぜその姿に」
ヘルギくんは私たちの事情がのみこめめなかったようで、しばらく目を見張りながら様子を見守っていた。
「もう、戻れないんだ。お前の世界にも、そしてここからも消えなければならない」
「だからどうして」
「悲しいことだが・・・・・・クロノが、私の命と引き換えに、願いをかなえてくれたんだよ・・・・・・。私はこの世界で覇者になれるとクロノは約束してくれた。だが、現実は違うじゃないか。そのグラムは、クロノの魔力そのもの」
ヘルギくんは私の顔を見つめた。それから、ユースケに向き直り、
「バカだな、お前」
ユースケ、いや、私の兄に対して、ヘルギくんはつぶやいた。
「悪魔に魂を売ったのか。・・・・・・お前はバカだよ」
「クロノは悪魔じゃない!」
兄の声は、涙声に変わっていた。
「兄ちゃん・・・・・・」
彼は私にいつも言っていた。
俺に子供ができたら、ユースケとつけるんだよと。
理由は、勇気のある子に育って欲しいから、といっていた。
「兄ちゃん自身が壊れては、いけないじゃないか。俺と元の世界へ返ろうよ。母さんもきっと、待ってるよ」
兄は母と一緒に外国で暮らしていた。日本にいたのは私だけで、兄と連絡も交わさなかった数年で、いったい何があったのか聞きだしたかった。
「何があって、こんなことを」
私は、兵隊たちの傷ついた姿を見回し、焼け野原になったテオドリクス王の砦を眺め、兄に言った。
「俺と母さんは、事故にあって何年か前に死んだのさ」
私は全身から血の気が引く思いで、兄の言葉に聞き入っていた。
「死んでからもなお、お前にだけは会いたかった。だから、クロノにかなえてもらったのに・・・・・・。俺にはもう、戻るべき身体なんてない。だから、時々暴走する。止められるのは、お前だけだ。もう、死なせてくれ。その一心で、グラムを与えたのに・・・・・・」
「兄ちゃん!」
傷ついたテオドリクス王が、腕を押さえて起き上がり、私とヘルギくんを、剣で自らの身体を支え、見据えていた。
だが、今は彼だけの心配はできないでいた。
「クロノってヤツは、何をたくらんでいる?」
ヘルギくんが地面へつばを吐き、兄に尋ねた。
「わかっているのは、ヘルギ、お前の世界を破壊して、自分だけの理想郷を創造することだと・・・・・・」
「理想郷!?」
ヘルギくんは首を振るった。
「クロノは、俺の命だけじゃない。ほかの英雄の命も欲しがっている。やつを止めないと大変なことに」
「兄ちゃん、なんてことを」
兄は、すまないとだけ言って、うつむいたままだった。
「落ち込んでる場合か」
ヘルギくんは兄を励ます。
「タロー、いくぞ。俺のグラムを改造しやがって。クロノだと? クロノスの分身だと?」
「負けられないね」
結局、戦うことになったか。私は眠たい目をこすった。
「オッサンは疲れてそうだから、寝てればいいのに」
ヘルギくんは皮肉を言ったが、兄の敵をとらねば。
「寝てばかりいたら、世界が救えない」
なんというのだろう、爽快感? 使命感? 言葉などなんでもよかった。
久しぶりだった、こんな快感を覚えるのは。
起き上がったテオドリクス王は、立派な王家の剣を私によこした。
「持って行け、今の私には加勢がしたくてもできぬ。それに、お前を無理やり傭兵にしてしまった、詫びも含めてな」
「陛下・・・・・・」
こんなとき、誰かの励ましというのは、胸にぐっと来るものだ。
「ありがとう、陛下」
私とヘルギくんは、剣を腰に差し、クロノを捜しに町へ出たのだった。
どこにいるんだ、クロノ――!
その瞳はひどく憂いに満ちており、私に対する愛しささえ、感じさせる。
いったい、なぜそんな顔をするんだね――。
「なぜ? 知らないというのは、やはり、悲しいことだ。俺のことすら忘れてしまい、あのことも忘れてしまったのだろう」
「あのこと?」
横を向いていた顔をこちらに戻し、ユースケは言った。
「ユースケ、って名前に、聞き覚えがないか。・・・・・・太郎」
私は必死に思い出そうとしていた。
ヘルギくんは私を案じたのか、ユースケに怒号を張り上げる。
「このオヤジをきさまはどうするつもりだ、取り込む気か? お前もあいつの挑発に乗るなよ」
「いや、そうじゃない・・・・・・ええと、ユースケ・・・・・・」
ふと、何かをひらめきかけた。
ヘルギくんが槍のゲイボルグを投げつけたことによって、再び記憶ははじけ飛んでしまったが・・・・・・。
「よせ、ヘルギくん!」
「平和主義者は黙ってろ。ユースケっていったな、きさまはこの俺が、倒す」
「そして、グラムを取り戻すか? 残念だが、それはできないね」
ふたりの激しい小競り合いが始まっているのを、私はただ、呆然と見守るほかなかった。
そのうち、やっとユースケという名前の謎が解け始めてもいた。
「あ、あ、あ! そうか、ユースケ! 思い出した」
私はユースケに近づいた。ヘルギくんは私に気づいて、
「危ないから戻れ!」
と叫ぶが、わたしはおかまいなしだった。
「でもなぜきみが、お兄ちゃんの、これからつけようとしていた子供の名前を知っているんだ」
ユースケはそれまで険しかった表情を、少し緩めると、
「それは、俺自身がお前の兄、ヒロシだからだよ」
と、自分の正体を明かすのだった。
「にいちゃん!? でもなぜその姿に」
ヘルギくんは私たちの事情がのみこめめなかったようで、しばらく目を見張りながら様子を見守っていた。
「もう、戻れないんだ。お前の世界にも、そしてここからも消えなければならない」
「だからどうして」
「悲しいことだが・・・・・・クロノが、私の命と引き換えに、願いをかなえてくれたんだよ・・・・・・。私はこの世界で覇者になれるとクロノは約束してくれた。だが、現実は違うじゃないか。そのグラムは、クロノの魔力そのもの」
ヘルギくんは私の顔を見つめた。それから、ユースケに向き直り、
「バカだな、お前」
ユースケ、いや、私の兄に対して、ヘルギくんはつぶやいた。
「悪魔に魂を売ったのか。・・・・・・お前はバカだよ」
「クロノは悪魔じゃない!」
兄の声は、涙声に変わっていた。
「兄ちゃん・・・・・・」
彼は私にいつも言っていた。
俺に子供ができたら、ユースケとつけるんだよと。
理由は、勇気のある子に育って欲しいから、といっていた。
「兄ちゃん自身が壊れては、いけないじゃないか。俺と元の世界へ返ろうよ。母さんもきっと、待ってるよ」
兄は母と一緒に外国で暮らしていた。日本にいたのは私だけで、兄と連絡も交わさなかった数年で、いったい何があったのか聞きだしたかった。
「何があって、こんなことを」
私は、兵隊たちの傷ついた姿を見回し、焼け野原になったテオドリクス王の砦を眺め、兄に言った。
「俺と母さんは、事故にあって何年か前に死んだのさ」
私は全身から血の気が引く思いで、兄の言葉に聞き入っていた。
「死んでからもなお、お前にだけは会いたかった。だから、クロノにかなえてもらったのに・・・・・・。俺にはもう、戻るべき身体なんてない。だから、時々暴走する。止められるのは、お前だけだ。もう、死なせてくれ。その一心で、グラムを与えたのに・・・・・・」
「兄ちゃん!」
傷ついたテオドリクス王が、腕を押さえて起き上がり、私とヘルギくんを、剣で自らの身体を支え、見据えていた。
だが、今は彼だけの心配はできないでいた。
「クロノってヤツは、何をたくらんでいる?」
ヘルギくんが地面へつばを吐き、兄に尋ねた。
「わかっているのは、ヘルギ、お前の世界を破壊して、自分だけの理想郷を創造することだと・・・・・・」
「理想郷!?」
ヘルギくんは首を振るった。
「クロノは、俺の命だけじゃない。ほかの英雄の命も欲しがっている。やつを止めないと大変なことに」
「兄ちゃん、なんてことを」
兄は、すまないとだけ言って、うつむいたままだった。
「落ち込んでる場合か」
ヘルギくんは兄を励ます。
「タロー、いくぞ。俺のグラムを改造しやがって。クロノだと? クロノスの分身だと?」
「負けられないね」
結局、戦うことになったか。私は眠たい目をこすった。
「オッサンは疲れてそうだから、寝てればいいのに」
ヘルギくんは皮肉を言ったが、兄の敵をとらねば。
「寝てばかりいたら、世界が救えない」
なんというのだろう、爽快感? 使命感? 言葉などなんでもよかった。
久しぶりだった、こんな快感を覚えるのは。
起き上がったテオドリクス王は、立派な王家の剣を私によこした。
「持って行け、今の私には加勢がしたくてもできぬ。それに、お前を無理やり傭兵にしてしまった、詫びも含めてな」
「陛下・・・・・・」
こんなとき、誰かの励ましというのは、胸にぐっと来るものだ。
「ありがとう、陛下」
私とヘルギくんは、剣を腰に差し、クロノを捜しに町へ出たのだった。
どこにいるんだ、クロノ――!