ナツメ





それから、病室を出て、わたしと春樹さんは並んで、少し散歩をしました。


病院の周りを、ぐるり、としばらく無言で回り、葉桜を眺めながら小さなベンチに座って……
まだ少し冷たい風に、小さく身震いしたわたしのために、春樹さんは走って売店まで行き、熱い缶コーヒーを用意してくれました。


そうして、

「戸川さん」と、

今度こそ、彼は遠慮がちな声で、わたしにそう呼び掛けました。



「お兄さん。昔のように、れんちゃん、で、いいんですよ」

何だかまた可笑しくなって、わたしがそう言って笑うと、春樹さんもほんの少し、顔を綻ばせました。



「そうだね、じゃあ……れんちゃん」



『れんちゃん』……


けれども、ナツメ。


お兄さんにそう呼ばれてしまうと、途端に津波のような懐かしさがわたしの胸に現れてきて。
自分でそう呼ぶようにお願いしたにも関わらず、突然、泣いてしまいそうな気分になってしまったのです。

そんな不安定なわたしの表情を、春樹さんは見逃してはくれず。
慌てて頭を振り、ああ、ごめん、そんなつもりではなかったのだ、と。
丁寧に謝ってくれました。







< 29 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop