ナツメ




ああ、ナツメ。


もちろん、わたしは悲しくなった訳ではありません。

わたしは嬉しかったのです。

「れんちゃん」と、わたしを呼んでくれる人が、まだここにいるという事が。


れんちゃん。
れんちゃん。
れんちゃん。


お兄さんの、そう呼ぶわたしの名前は、なんて、素敵な響きを持っているのでしょう。

わたしは何度もそれを胸の中で反芻して、ひたすらに謝る春樹さんに、言い訳することもできませんでした。



「また、来ます。
戸川さん、それまで、お元気で」


それから何度か春樹さんの携帯に電話が入り、
(随分忙しそうなお仕事をされているのね、何のお仕事だったかしら)
そう言って春樹さんは、足早に帰って行ってしまいました。
(わたしが言い訳できなかったので、れんちゃんから、戸川さんに戻ってしまいました)


帰り際、何かあれば、と、携帯電話の番号が書かれたメモを、わたしの手のひらに握らせて下さいました。





ナツメ。

今、お兄さんがお見舞いに下さった苺をひとつ、頬張っています。



甘くて、酸っぱくて、
苦しいくらいに、





美味しいです。













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