月宮天子―がっくうてんし―
この辺りは神社仏閣が多い。公園も多く、小学校入学と同時に越してきた愛子は、小さいころから遊ぶ場所にはこと欠かなかった。
寺の境内はいつも清んだ空気で満たされていた。
山門をくぐると、子供心にも悪いことはできないと思ったものだ。神様や仏様に見られている気がした……本堂の奥、小学校の裏手には墓石が並んでいるので、尚のことかもしれない。
愛子が小学生のころ、お墓には幽霊が出ると思い込んでいて、できる限り近づかないようにしていた。
だが、さすがに、こんな化け物が出るなんて聞いたことはない。
愛子の恐怖は、正体不明の男に追われたときの比ではなく。さっきは出せた悲鳴が、今は凍り付いている。
駐在所で海の後ろに立ち、警棒を手にした警官がいた。海を犯罪者だと思い威嚇していたのであろうが、どこか凶暴に思えて、愛子は少し嫌な感じがしたのだ。
そんな愛子が一番気になったのが警官のお腹。およそ四十代であろうか、中年腹とも太鼓腹ともいった感じで、かなりせり出していた。
他の警官は皆すっきりしていたので、余計に覚えていた。
目の前の……化け物は、警官の制服を着ていて、お腹はさっきより大きくなったみたいだ。
口元が耳の辺りまで裂け、大きく前に飛び出している。目は爛々と輝き、耳が顔の横ではなく、頭の上に付いていた。顔は焦げ茶色の剛毛で覆われていて、指先には鋭い爪があった。
そして、その指が何かを鷲づかみにしている。
黒くて丸いボールみたいな……。
ボール状の何かから滴り落ちた黒い液体は、化け物の突き出た腹やズボンを濡らしていた。辺りには、魚をさばいたあとの、流し台のような匂いが立ち込める。
ボール状のソレと視線が合った瞬間――愛子はギュッと目を閉じたのだった。
寺の境内はいつも清んだ空気で満たされていた。
山門をくぐると、子供心にも悪いことはできないと思ったものだ。神様や仏様に見られている気がした……本堂の奥、小学校の裏手には墓石が並んでいるので、尚のことかもしれない。
愛子が小学生のころ、お墓には幽霊が出ると思い込んでいて、できる限り近づかないようにしていた。
だが、さすがに、こんな化け物が出るなんて聞いたことはない。
愛子の恐怖は、正体不明の男に追われたときの比ではなく。さっきは出せた悲鳴が、今は凍り付いている。
駐在所で海の後ろに立ち、警棒を手にした警官がいた。海を犯罪者だと思い威嚇していたのであろうが、どこか凶暴に思えて、愛子は少し嫌な感じがしたのだ。
そんな愛子が一番気になったのが警官のお腹。およそ四十代であろうか、中年腹とも太鼓腹ともいった感じで、かなりせり出していた。
他の警官は皆すっきりしていたので、余計に覚えていた。
目の前の……化け物は、警官の制服を着ていて、お腹はさっきより大きくなったみたいだ。
口元が耳の辺りまで裂け、大きく前に飛び出している。目は爛々と輝き、耳が顔の横ではなく、頭の上に付いていた。顔は焦げ茶色の剛毛で覆われていて、指先には鋭い爪があった。
そして、その指が何かを鷲づかみにしている。
黒くて丸いボールみたいな……。
ボール状の何かから滴り落ちた黒い液体は、化け物の突き出た腹やズボンを濡らしていた。辺りには、魚をさばいたあとの、流し台のような匂いが立ち込める。
ボール状のソレと視線が合った瞬間――愛子はギュッと目を閉じたのだった。