月宮天子―がっくうてんし―
  ***


あっと言う間に、北案寺の境内は警官で溢れ、ロープが張られて立ち入り禁止となった。

ほんのわずかでも抜け出すのが遅れていたら、間違いなく愛子は保護され、海は逮捕されていただろう。

海の着替えはダンボールで事前に送っていたものがあり、それで間に合わせることにした。


「お母さんやお姉ちゃんが帰ってなくて、ホントよかった」

「そうだね。初対面の挨拶がコレじゃ……追い出されるかもしれない」


そう言うと海はヘラッと笑った。

やっぱり、犬に似ている。愛子は改めて思った。


さすがに着替えを凝視する訳にも行かず、ダンボールの場所を教えたら、愛子は部屋の外に出る。海がせっせと着替えている部屋が客間だ。母が彼のために用意した部屋である。

明日の土曜日に布団を乾す予定だったのに、先に来てしまった海が悪いのだ。

愛子はついつい海に責任転嫁してしまう。


一階には十八畳程度のリビング・ダイニング・対面式キッチンがあり、愛子らの個室は全部二階であった。 


「言っとくけど、二階は立ち入り禁止だからね! わかっ」

「愛ちゃん! 愛子! 帰ってるの? いるの、返事なさいっ!」


突然母の声が聞こえ、愛子の心臓は跳ね上がった。

母が玄関から飛び込んでくる。和室の入り口に立っていた愛子とは、イキナリ正面から向き合う形になった。


「お母さん。どうしたの?」

「どうもこうもないわ! そこの北案寺で事件が起こったって聞いて……ああよかった、何もなくて」


母はやけに愛子のことを心配しているが、姉もまだ戻って来てはいない。


「ねぇ。お姉ちゃんはいいの? まだ帰ってないよ」

「ああ、直ちゃんは連絡があったから、友達の所で帰りが遅くなるって言うから、戻らなくていいって言ったの。夜に出歩くのは危険でしょ?」


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