月宮天子―がっくうてんし―
「だから……なんでって聞いてるの? 中学生高校生ってんならわかるけど、いい歳した大人が、そんな居候なんて」


朝っぱらから、ひとりの少女が母親に噛み付いていた。母親はそんな娘を軽く無視して、せっせと朝食をテーブルに並べている。


「ねえ、ちょっと聞いてる。お母さん?」

「聞いてますよ。あ、直ちゃん、フライパン見て、卵が固くなっちゃう」


つい先日、とうとう五十路に突入したとブツブツ言っていた母が、姉に向かってガスコンロを指差した。

母はトースターからキツネ色になったトーストを二枚取り出し、また二枚追加してピッとスタートボタンを押した。


母は中学校の教師としてずっと働き続けている。

そのせいか、年齢の割に動作は機敏だ。肩までの髪をしっかりと結い上げ、膝下のタイトスカートを穿き、メガネを掛ける。ソレが定番で、見るからに『ガッコーのセンセ』の出来上がりだ。


「え~やだぁ、あたし固い卵は嫌いよ」


文句をつけながらフライパンのガラス蓋を取り、慌てて火を止めるのは姉の直子(なおこ)だ。

世間一般の女子大生を、絵に書いて額縁に入れたような容姿である。綺麗に整えられた眉も、化粧を落とせば『平安時代の人』に見えるのだが、それが常識というものらしい。

一応、国立大学の教育学部三回生で、将来は母同様、教師になるそうだ。


以前は、「親が教師だと採用試験が有利でしょ」と言っていたが……昨今の不正事件で教育委員会も揺れている。とても、姉の思惑どおりに行くとは思えない状況であった。


「だって愛ちゃんが色々話しかけるから……」

「もう、あんたうるさいわよ!」


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