月宮天子―がっくうてんし―
西園愛子(にしぞのあいこ)は都立高校の三年生だ。

母の誕生日より少し前に、愛子も十八歳の誕生日を迎えた。父は十年前から単身赴任中なので、たまの週末と盆正月にやって来る『おじさん』くらいの感覚しかない。

広めのおでこと低めの鼻にコンプレックスはあるものの、容姿は人並みのつもりでいる。加えて、平均より背が高くスレンダーなのが、ちょっとした自慢でもあった。

それから、愛子の髪は黒である。高校の校則がうるさいせいだ。友達は脱色している子もいるが、そこはそれ……愛子は根が真面目だった。

肩より少し長い髪を、左右から一束ずつ掬って頭のテッペンで括っている。ゴムは黒――真面目に超が付くと姉は笑う。制服の半袖ブラウスは第一ボタンまできっちり留め、赤いリボンを指定どおりに結ぶ。タータンチェックのスカートも膝上五センチまで……。

問題を起こすと面倒なことになる。同じ高校を卒業した姉と比べられるのは嫌だ。ましてや、中学教師の母の名や、大学教授の父の名を出されるのは、もっと嫌だった。


「お姉ちゃんは平気なの? 男が来るんだよ! 同居だよ!?」

「何、朝っぱらから興奮してる訳?」

「違うでしょ! うちってほとんど母子家庭じゃん。そこに若い男を入れるのってどうなの? 普通お父さんが反対しそうなのに……」


目玉焼きの横にレタスとトマトを置き、人数分の皿をテーブルに乗せ終えて母も座った。一応、愛子も手伝ってはいた。冷蔵庫から麦茶や牛乳パック、マーガリンを出したり、お箸をテーブルに並べたり……。


「そのお父さんの推薦なんだから諦めなさい。いい人らしいわよ。ご両親がいなくて、中学を出てすぐに就職したらしいわ。昼間は工場で働きながら勉強を続けて、国立大学に入ったのよ。その工場の社長さんが、お父さんのお友達で……」


それは愛子も何度となく聞かされた。


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