月宮天子―がっくうてんし―
“北案寺警察官惨殺事件”の一週間後、都内にある警察病院の一室を、愛子と海は訪れていた。


「えっと……あの」

「ああ、ここで話しても構わんよ。報告書は全部書き終えた。幸い右手は無事だったからな。誰も不審には思っとらんようだ」 


佐々木警部は左腕の複雑骨折だけで済んだ。他の三人に比べたら幸運であろう。


警部から見た事件はこうだ。

愛子と海が駐在所を出てすぐ、最初の化け物・東巡査部長と、駐在所常勤の三宅巡査が巡回に出た。

少し経って無線に連絡を入れたが応答はなく、警部とゴリラ・有働巡査のふたりは、仕方なく駐在所を空ける。

そして、北案寺に到着したとき、あの異常事態に遭遇したのだった。

だが、真実を話したところで誰も信じはしないだろう。下手をすれば、海は殺人犯として逮捕される可能性もある。

結果、警部は一計を案ずることにした。


警部と有働巡査が巡回中に、海から、「たった今、バッグをひったくられた」と報告を受けたことにする。ふたりで逃げる犯人を追ったところ、北案寺で例の猟奇殺人犯に遭遇した。

殺人現場に散乱する海のバッグの言い訳に、これ位しか思いつかなかったのである。


警部は来春退職予定だったが……このまま退職することになるだろうと、話すのであった。


「ひょっとして、犯人を取り逃がした責任を取って退職……とかじゃ」


そんな海の申し訳なさそうな声に、警部は軽く手を振る。


「そんな大袈裟なものじゃないさ。もともと定年だからね。この腕は元には戻らんと言うし、もう充分働いたさ」


さすがにその先は警部も声を潜めた。


「で、君らの回りにあの連中は出て来んかね? それと、あの緑の玉は」


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