月夜の桜
もうすぐ、あの蕾は花開き美しくも儚い姿を自分に見せてくれることだろう。

儚げでいて華やかな桜の花を想像し、楽しみで心躍る。

知らず笑みをこぼしていた桜は気づかない。

威月が、自分を穏やかな笑みで見つめていることに。

彼女の微笑を前に、威月は眩しいものでも見るかのように目を細めた。

なんて、美しい。儚げであり華やかで、まるで彼女の名の由来の桜の花のよう。

感嘆の息を零した威月に、彼に視線を戻した桜は小首をかしげた。



「威月様?」

「何でしょう?」



優しげな表情をした彼は、淡い微笑を浮かべると桜に視線をあわせる。

それは、当たり前の行動なはずなのに、久しく人と会話をせず、どころか昔の嫌な思いでばかりを思い出していたせいか彼女は驚いて息を呑んだ。

目を見開く彼女に、威月は微笑みを向ける。

それは、まるで彼女を全て包み込むかのように穏やかで。

桜は安堵の息を零した。



「いえ、何でもありません」



不思議そうに瞬く彼に、桜ははにかむ。

その笑みを見た瞬間、何故か威月の頬に朱が散った。

忙しなく宙に視線を彷徨わせ、何度か桜と目が合うと慌てたように視線をそらす。

それを何度か繰り返し、威月は弾かれたように急に立ち上がり、驚く桜に明らかに取り繕っただろう笑みを浮かべた。



「昼餉の用意を、してまいりますね」

「え、あ、はい」



頷くと、威月はすのこを渡って歩きだす。

それを見送った桜はふと、あることに気がついて慌てて立ち上がった。

彼はここに来たばかり。この邸のどこに厨があるかなど、彼は知らないはずである。

すのこに飛び出した彼女は、既に姿の見えなくなった威月を探し早足ですのこを渡る。

一通り邸を探したが彼の姿は見当たらず、後は厨のみとなりそちらに足を向けるとそこには威月がおり、目を瞠った。



「どうして……」



たどり着けたのだろう。






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