冷たい手
熱る身体
 なぜか昨日から、あの筋張った冷たい手しか思い出せない。それは、お母さんの代わりに浮かぶようになった、遠距離恋愛中の彼じゃなくて……お隣に住む『彼の手』だ。

 初めて触れたのは昨日。悪寒がすると思いつつエレベーターを降りた瞬間、ふらついた体を支えてもらった時だった。

 「大丈夫か?」

 甘くもない、掴まれた二の腕から伝わる冷たい手と、それに比例する単調さで繰り出された言葉に、私は小さく頷いただけだった。


 そして今また、昨日よりさらにふらつきを感じながら、エレベーターを降りた。

 『やばい』

 ふらりと来たときにはもう遅くて、体は殆ど傾いで地面へと向かって倒れ始めていたけれど、その勢いは急に止められた。

 目の前の胸板と、背中に回された冷たい手。意識が遠退くのを感じながら、あの手だ……と漏らした。

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