EVER BLUE
ぶかぶかのTシャツを着てちょこんとソファに座っているりゅーじは、とても物静かな子供で。色々と聖奈が話しかけているのだけれど、一言、二言答えてはすぐに黙り込む。えらいクールやな…と思いながら、晴人はふと昔吉村に聞いた話を思い出した。
「なぁ、千彩」
「んー?」
「お前がセナくらいの時、まだママおったか?」
「んー、たぶん」
生まれてからずっと家の中に篭りっきりだった千彩は、吉村に教えてもらうまで自分の年齢さえも知らない子供だった。年齢を教えてもらい、誕生日を教えてもらい、言葉や字を教えてもらった。
確か12歳だったかな?と思い出し、晴人が仕上げた料理をテーブルに並べながら千彩は頷いた。
「ちさが12歳の時にママは死んだよ」
「そっか」
「りゅーちゃんは何歳なん?」
「12歳や。学校行ってたら6年生やな」
「ほんならセナより2つお兄さんやね!」
嬉しそうに笑う千彩は、やはり事態が呑み込めていない。説明したところで理解するとは思えないのだけれど、恵介と話している最中に話の腰を折られてもかなわない。少し思案し、晴人は話し始めた。
「あんな、千彩」
「んー?」
「リュージな、ちっちゃい頃の千彩と同じやわ」
「やっぱり…」
理解していないと思っていただけに、千彩の返事に晴人は驚いた。そうやった…と、変なところばかり聡い千彩の頭を撫で、晴人は優しく微笑んだ。
「リュージ、ここで一緒に暮らしてもええか?」
「ここで?」
「リュージの父親と話してみんとわからんけどな」
「りゅーちゃんのパパ、いつ帰ってくるん?」
「さぁなぁ。恵介が帰って来たらいっぺん家行ってみるわ」
「うん」
理解しているのかいないのか、千彩はとても嬉しそうで。ソファに座る二人に「できたよー」と声を掛け、「じゃーん!」と両手を広げて見せた。
「どう?いーっぱい作ったよ!」
「ちーちゃん…作り過ぎですよ、これ」
「だってりゅーちゃんお腹空いてるでしょ?いっぱい食べてね!」
にこにこと笑う千彩を見て、聖奈に手を引かれて来たりゅーじが俯く。そして、バッと顔を上げて言った。
「ありがと!ねーちゃん!」
汚れを落としたりゅーじの顔は、晴人や恵介とはまた違った「美形」で。キリリとした眉に、涼しげな少しキツめの目もとと薄い唇。幼いながらに整った顔立ちだ。と、キッチンに立つ晴人は思った。
「ちさ、おねーちゃんじゃないよ?」
「え?」
「ちさはね、セナのママ」
「かー…ちゃん?」
にこにこと笑う千彩を前に、りゅーじは固まっていて。そんなりゅーじの肩をポンポンと叩き、聖奈がうんうんと頷いた。
「ちーちゃんは、30歳です」
「えっ!?」
「間違いなくセナのママです」
それを聞いても、りゅーじはまだ目を丸くしたままで。そんなりゅーじを抱き上げ、晴人は頬を寄せた。
「今日は、俺がお前のとーちゃんや」
「とーちゃん…」
じわり…と、りゅーじの目に涙が滲む。
「さぁ、メシ食うか、リュージ」
「うん!とーちゃん!」
ゴシゴシと目を擦るりゅーじの手を取り、今度は千彩が頬を寄せる。
「今日はみんなで一緒に寝ようねー、りゅーちゃん」
そんな三人の姿を見上げながら、聖奈は思う。一人家族が増えた、と。
それから数時間後、両手に荷物をいっぱいに抱えた恵介は、いつもの如くソファの前で正座をしながら晴人に説教をくらっていた。
「俺が頼んだんはな、リュージの服や」
「買うてきた!買うてたで、ちゃんと!ほらっ!ちーちゃんのプリンも!」
紙袋とプリンの入った箱を掲げ、恵介は「これで許してくれ!」と言わんばかりに目を潤ませる。けれど、元は「鬼畜」とまで言われた晴人がそれを許すはずはなかった。
「余計なもんを買うて来るな!出入り禁止にすんぞ!」
「いやっ!それだけは勘弁して!」
「明日返品してこい」
「えっ!?」
「ほなもう二度と家来んのやな?」
「来ます!明日も明後日も、ずっと来ます!」
「ほな返してこいっ!」
ソファに座って腕組みをしながら怒鳴り付ける晴人の前で、正座をしたままの恵介がシュンと肩を落とす。絶対似合うのに…とボソリと洩らした恵介に抱きつき、未だ怒り冷めやらぬ晴人を見上げたのは千彩だ。
「怒ったらダメ!」
「千彩、恵介が悪いんやぞ?」
「それでもダメ!けーちゃんがかわいそう!そんなはるキライ!」
恵介に抱きついたままプイッと顔を背けられ、晴人はワナワナと震え始めた。これはマズイ…と、若干10歳弱の聖奈は仲裁に入る覚悟を決めた。
「もうやめてください」
「セナ、ちょっとあっち行っとけ」
「行きません。はるは落ち着いてください。そして、ちーちゃんはけーちゃんから離れてください」
しっかりと恵介の首に巻き付いた千彩の腕を引き剥がし、聖奈は腰に手を当てて頬を膨らせた。
「大人なんですから」
「だってー」
「けーちゃんが悪いです。セナは「150センチの男の子用」とプリンをお願いしたんです。セナのお洋服はお願いしてません」
「だってー」
千彩と同じようにぶぅっと頬を膨らせる恵介に、聖奈は大きなため息をつく。
「お部屋がもうパンパンです。はるの言う通りにしてください」
「うー…セナがそう言うなら」
「お願いします。けーちゃんもこう言ってるので、許してあげてください」
晴人の怒りはそれだけではない。聖奈とてそれをわかっているのだけれど、自分が仲裁に入って尚怒りをぶつけるほど晴人はバカな大人ではない。と、そう信じていた。
いや、信じたかった。
「パパ」とは呼ばずとも、晴人は自分の父親なのだから。
「お前はホンマ…」
「ちーちゃんの前で怒鳴ったはるも悪いです。諦めてください」
ピシャリとそう言われ、晴人は返す言葉がない。
物心ついた頃から、聖奈は人一倍しっかりした子供だった。千彩に手がかかる分自分のことは自分でするように躾けたものの、まさかこうなるとは思ってもみず、「本当にこれが千彩の産んだ子だろうか…」と失礼ながらも思ってしまう。
「まぁ…ええわ。今日はセナに免じて許したろ。リュージの服ちょうだい」
「あっ…うん」
差し出された紙袋を受け取り、晴人はダイニングチェアに座ってぼんやりと自分達を眺めていたりゅーじを呼び寄せた。
「それじゃかっこ悪いから、これ着とけ」
「…いい」
「遠慮すんな。今日は俺がとーちゃんや言うたやろ?」
とーちゃん…と、繰り返したりゅーじの目が再び涙で潤む。そんな姿を見た恵介が、ふと洩らした。
「何か…ちーちゃん連れて来た日みたいやな」
その言葉に、言った本人を含めた大人三人がにっこりと表情を和らげる。
晴人と千彩との出会いは、「出会った」と言うよりも「拾った」と言う方がしっくりくるような出会いで。それにまず恵介が巻き込まれ、メーシーが巻き込まれ…と、大騒動だった。
そんな十数年前の懐かしい記憶を胸に、晴人はゆっくりと立ち上がりりゅーじに歩み寄ってその小さな体を抱き締めた。
「大丈夫や。俺がお前を守ったる」
それは、泣き叫んだ千彩を抱き締め、晴人が一番初めに囁いた愛の言葉だった。
「なぁ、千彩」
「んー?」
「お前がセナくらいの時、まだママおったか?」
「んー、たぶん」
生まれてからずっと家の中に篭りっきりだった千彩は、吉村に教えてもらうまで自分の年齢さえも知らない子供だった。年齢を教えてもらい、誕生日を教えてもらい、言葉や字を教えてもらった。
確か12歳だったかな?と思い出し、晴人が仕上げた料理をテーブルに並べながら千彩は頷いた。
「ちさが12歳の時にママは死んだよ」
「そっか」
「りゅーちゃんは何歳なん?」
「12歳や。学校行ってたら6年生やな」
「ほんならセナより2つお兄さんやね!」
嬉しそうに笑う千彩は、やはり事態が呑み込めていない。説明したところで理解するとは思えないのだけれど、恵介と話している最中に話の腰を折られてもかなわない。少し思案し、晴人は話し始めた。
「あんな、千彩」
「んー?」
「リュージな、ちっちゃい頃の千彩と同じやわ」
「やっぱり…」
理解していないと思っていただけに、千彩の返事に晴人は驚いた。そうやった…と、変なところばかり聡い千彩の頭を撫で、晴人は優しく微笑んだ。
「リュージ、ここで一緒に暮らしてもええか?」
「ここで?」
「リュージの父親と話してみんとわからんけどな」
「りゅーちゃんのパパ、いつ帰ってくるん?」
「さぁなぁ。恵介が帰って来たらいっぺん家行ってみるわ」
「うん」
理解しているのかいないのか、千彩はとても嬉しそうで。ソファに座る二人に「できたよー」と声を掛け、「じゃーん!」と両手を広げて見せた。
「どう?いーっぱい作ったよ!」
「ちーちゃん…作り過ぎですよ、これ」
「だってりゅーちゃんお腹空いてるでしょ?いっぱい食べてね!」
にこにこと笑う千彩を見て、聖奈に手を引かれて来たりゅーじが俯く。そして、バッと顔を上げて言った。
「ありがと!ねーちゃん!」
汚れを落としたりゅーじの顔は、晴人や恵介とはまた違った「美形」で。キリリとした眉に、涼しげな少しキツめの目もとと薄い唇。幼いながらに整った顔立ちだ。と、キッチンに立つ晴人は思った。
「ちさ、おねーちゃんじゃないよ?」
「え?」
「ちさはね、セナのママ」
「かー…ちゃん?」
にこにこと笑う千彩を前に、りゅーじは固まっていて。そんなりゅーじの肩をポンポンと叩き、聖奈がうんうんと頷いた。
「ちーちゃんは、30歳です」
「えっ!?」
「間違いなくセナのママです」
それを聞いても、りゅーじはまだ目を丸くしたままで。そんなりゅーじを抱き上げ、晴人は頬を寄せた。
「今日は、俺がお前のとーちゃんや」
「とーちゃん…」
じわり…と、りゅーじの目に涙が滲む。
「さぁ、メシ食うか、リュージ」
「うん!とーちゃん!」
ゴシゴシと目を擦るりゅーじの手を取り、今度は千彩が頬を寄せる。
「今日はみんなで一緒に寝ようねー、りゅーちゃん」
そんな三人の姿を見上げながら、聖奈は思う。一人家族が増えた、と。
それから数時間後、両手に荷物をいっぱいに抱えた恵介は、いつもの如くソファの前で正座をしながら晴人に説教をくらっていた。
「俺が頼んだんはな、リュージの服や」
「買うてきた!買うてたで、ちゃんと!ほらっ!ちーちゃんのプリンも!」
紙袋とプリンの入った箱を掲げ、恵介は「これで許してくれ!」と言わんばかりに目を潤ませる。けれど、元は「鬼畜」とまで言われた晴人がそれを許すはずはなかった。
「余計なもんを買うて来るな!出入り禁止にすんぞ!」
「いやっ!それだけは勘弁して!」
「明日返品してこい」
「えっ!?」
「ほなもう二度と家来んのやな?」
「来ます!明日も明後日も、ずっと来ます!」
「ほな返してこいっ!」
ソファに座って腕組みをしながら怒鳴り付ける晴人の前で、正座をしたままの恵介がシュンと肩を落とす。絶対似合うのに…とボソリと洩らした恵介に抱きつき、未だ怒り冷めやらぬ晴人を見上げたのは千彩だ。
「怒ったらダメ!」
「千彩、恵介が悪いんやぞ?」
「それでもダメ!けーちゃんがかわいそう!そんなはるキライ!」
恵介に抱きついたままプイッと顔を背けられ、晴人はワナワナと震え始めた。これはマズイ…と、若干10歳弱の聖奈は仲裁に入る覚悟を決めた。
「もうやめてください」
「セナ、ちょっとあっち行っとけ」
「行きません。はるは落ち着いてください。そして、ちーちゃんはけーちゃんから離れてください」
しっかりと恵介の首に巻き付いた千彩の腕を引き剥がし、聖奈は腰に手を当てて頬を膨らせた。
「大人なんですから」
「だってー」
「けーちゃんが悪いです。セナは「150センチの男の子用」とプリンをお願いしたんです。セナのお洋服はお願いしてません」
「だってー」
千彩と同じようにぶぅっと頬を膨らせる恵介に、聖奈は大きなため息をつく。
「お部屋がもうパンパンです。はるの言う通りにしてください」
「うー…セナがそう言うなら」
「お願いします。けーちゃんもこう言ってるので、許してあげてください」
晴人の怒りはそれだけではない。聖奈とてそれをわかっているのだけれど、自分が仲裁に入って尚怒りをぶつけるほど晴人はバカな大人ではない。と、そう信じていた。
いや、信じたかった。
「パパ」とは呼ばずとも、晴人は自分の父親なのだから。
「お前はホンマ…」
「ちーちゃんの前で怒鳴ったはるも悪いです。諦めてください」
ピシャリとそう言われ、晴人は返す言葉がない。
物心ついた頃から、聖奈は人一倍しっかりした子供だった。千彩に手がかかる分自分のことは自分でするように躾けたものの、まさかこうなるとは思ってもみず、「本当にこれが千彩の産んだ子だろうか…」と失礼ながらも思ってしまう。
「まぁ…ええわ。今日はセナに免じて許したろ。リュージの服ちょうだい」
「あっ…うん」
差し出された紙袋を受け取り、晴人はダイニングチェアに座ってぼんやりと自分達を眺めていたりゅーじを呼び寄せた。
「それじゃかっこ悪いから、これ着とけ」
「…いい」
「遠慮すんな。今日は俺がとーちゃんや言うたやろ?」
とーちゃん…と、繰り返したりゅーじの目が再び涙で潤む。そんな姿を見た恵介が、ふと洩らした。
「何か…ちーちゃん連れて来た日みたいやな」
その言葉に、言った本人を含めた大人三人がにっこりと表情を和らげる。
晴人と千彩との出会いは、「出会った」と言うよりも「拾った」と言う方がしっくりくるような出会いで。それにまず恵介が巻き込まれ、メーシーが巻き込まれ…と、大騒動だった。
そんな十数年前の懐かしい記憶を胸に、晴人はゆっくりと立ち上がりりゅーじに歩み寄ってその小さな体を抱き締めた。
「大丈夫や。俺がお前を守ったる」
それは、泣き叫んだ千彩を抱き締め、晴人が一番初めに囁いた愛の言葉だった。