EVER BLUE

三木家の兄妹物語

三木さんは少しおかしい。

小学生時代から周りにそう言われ続けてきた聖奈には、親友どころか本当に「友達」と呼べる相手さえいなかった。中学生になって龍二と登下校を共にするようになってからというもの、それは拍車をかける一方で。

「お家にお友達連れて来てもいいよ?」

という千彩の期待にも応えることなく、聖奈はひたすらに一人を貫いた。そんな聖奈を心配した晴人が、一度学校での話を聞かせてくれと言ったことがある。けれど聖奈は「お話しすることなどありません」と拒絶した。

これは、三木家の大問題だった。


そんなある日のこと。
いつものように聖奈を迎えに行こうと廊下を歩いていた龍二に、ケンカを売ってきた輩がいた。

「新見先輩、ちょっと顔を貸してください」

こいつは確か…と思い出そうとするのだけれど、龍二の脳内コンピューターは一向に相手の名前を導き出す気配はなかった。まぁいいや。知らない奴だ。アッサリと検索を諦めた龍二は、ズリズリと上履きを引き摺りながらその人物の後を追う。

前を歩く人物の短いスカートが歩く度にふわりと揺れ、龍二は思った。この長さ、とーちゃんならアウトだな、と。

「話があります」

屋上の重い扉を開き、少女は真っ直ぐに龍二を見据えた。愛の告白ではなさそうだけれど、相手の意図が読めない。そんな龍二は、ポケットに両手を突っ込んだままフェンスに背を預けて視線だけで「何だ?」と問う。

「もうセナにつきまとうのやめてください。迷惑してるんです!」
「お前に関係無いだろ」

つきまとう?迷惑?龍二の頭には色々とツッコミ箇所が浮かんだのだけれど、いちいち説明するのも面倒くさい。それに、ペラペラと見ず知らずの相手に身の上話をするほど、龍二はおしゃべりではなかった。

「セナが嫌がってるのがわかんないんですか?」
「あいつがそう言ったのかよ」
「それは…セナは優しいから言わないだけです!」
「優しい?お前馬鹿だろ」

あぁ、こいつは本当の聖奈を知らないんだ。そう思うと、何だかおかしくて。そもそも、自分は晴人の指示でそうしているのだ。それを聖奈が拒むことなど無いというのに。

「新見先輩みたいな人が近くにいるから…だからセナには友達が出来ないんです!」
「あぁ、そうかもな」
「だったら…」
「悪いけど、お前の言うことは聞けない。あいつが待ってるから行くわ」

トンッとフェンスをバネに一歩前へ進んだ龍二は、グッと少女に顔を近付けて冷めた口調で言った。


「お前、友達ヅラしてるけど、本当に聖奈の友達なのか?俺にはそうは見えないけど」


その一言で、少女の瞳が潤む。あーあ。後で聖奈に怒られるかも。そう思いながら、龍二は屋上を後にした。

「聖奈、帰るぞ」
「はい」

待たせてしまったからと小走りに廊下を駆け、辿り着いた教室。ガランとしたその中で、聖奈は一人で本と睨めっこをしていた。

「何かさ、お前の友達?に呼び出された」
「友達?」
「もう聖奈につきまとうなって言われたんだけど」
「それは、はるの問題ですよ」
「だよな」

友達を作れと家ではいつも言われるけれど、聖奈自身にそんな気は全くと言って良いほど無い。小学生の低学年くらいの頃は、それなりに努力もした。けれど、自分には無理だと判断したのだ。皆と同じレベルで日常を過ごしていては、あの家庭ではやっていけない。皮肉なことに、晴人と千彩、そして恵介が聖奈のそんな思考を作り上げてしまった。

「誰でしたか?」
「え?」
「龍ちゃんを呼び出した相手は」
「あー…名前聞いてない」
「おバカさんですね。次はちゃんと聞いておいてくださいね」

はるか下方から吐かれた暴言に、龍二は苦笑いで頷いた。こいつが…優しい?そんな思いが過る。

「そう言えば、お前…友達いねぇの?」
「いませんよ。そう言う龍ちゃんにはいるんですか?」
「いませんよ。すいませんね、孤立してて」
「何を謝ってるんですか?セナも同じです」

じっと自分見上げながら言う聖奈。そんな聖奈の頭をポンッと撫で、龍二はそっと腕を掴む。そのまま足を進めると、「待ってください!」と抗議の声が聞こえる。そんな瞬間が好きだった。

誰に媚びることもなく、かと言って女王様気取りなわけでもない。おかしな子と言われようが何だろうが、聖奈は決して自分を曲げたりはしなかった。いつでもピンッと背筋伸ばして立つ聖奈の姿は、龍二の憧れでもあった。


あの日、龍二があの場所に行ったのは、今日こそ聖奈に話し掛けようと思ったからだった。学校へ通っていない龍二が唯一人と触れ合える場所、それがあの公園で。

初めは、可哀相な子だと思った。多勢の輪の中に居ても、いつの間にか一人だけ輪から外れてしまう。そうかと思えば、誰も聖奈を気にする素振りも見せずにどこかへ行ってしまうのだ。イジメられていると言うよりも、龍二には完全に存在を無視されているように見えた。

そんな時でも、聖奈は決して俯きはしなかった。それどころか、空を見上げ楽しそうに歌い始めるのだ。それが何だか切なくて。いつか、一度でいいから話をしてみたい。そう思いながらいつも聖奈を見つめていた。

時々聖奈を迎えに来る、優しそうなお姉さんと男の人が二人。親らしき人は見たことが無かったので、聖奈にも親がいないのだろうと思っていた。だから、家に連れて行かれた時は驚いた。そして、素直に羨ましいと思った。

突然押し掛けた自分に、笑っておやつや手料理を振る舞ってくれた千彩。驚いた表情はしていたものの、ニッと笑って自分を風呂に入れてくれた晴人。そして、叱られてしゅんとなりながらも自分に服を着せてくれた恵介。龍二にとって、そのどれもが温かく、柔らかい色で包まれているように見えて。聖奈が決して俯かない理由はここにある。そんな風に思うと、羨ましくて仕方がなかった。

「いいんです、友達なんていなくても」

必死に後を追って来る聖奈が、静かに言った。振り向くと、やはり空を見上げていて。涙を我慢しているのだ。それを知ったのは、龍二が三木家に通うようになってからだった。

「あぁ、そうかよ」
「いいんです。友達なんて」

強がりだ。そうはわかっているのだけれど、龍二はどうにも口下手で。こんな時、晴人ならば上手く慰められるのに…と、自分が本当の息子でないことが悔やまれる。

「俺も…友達はいいや」
「龍ちゃんは、いつも怖い顔をしているからお友達ができないんですよ?」
「悪かったな。怖い顔で。生れつきこの顔なんだよ」
「龍ちゃんが…」

ピタリと足を止めた聖奈が、龍二を見上げて笑った。

「うちは、兄妹揃ってお友達がいませんね」

その一言が嬉しくもあり、寂しくもあり。好きだ嫌いだと言って壊れる可能性のある関係よりも、兄妹の方がずっといい。壊れずに、ずっとこのまま続くならば。そんな思いが確かにある。

「明日…さ、話し掛けてみろよ」
「え?」
「今日俺を呼び出した奴。この辺で髪結んでる奴だったぞ」

耳の上辺りで手を握る龍二を見上げたまま、聖奈はクスッと笑って頷いた。

「わかりました。見付かれば話し掛けてみます」
「え?あぁ…おぉ」
「龍ちゃんにはこの先お友達ができる可能性が低いですから、セナが努力します」
「はっ?」

眉根を寄せた龍二にグッと顔を近付け、聖奈は黒目がの猫目を何度か瞬かせて言った。

「兄妹揃ってお友達がいないと、はるやちーちゃんが悲しみますからね」

うふふっと笑う聖奈が、龍二の手を引いて足を進める。それに引っ張られながら、龍二は思った。聖奈が風呂に入ってる間に、とーちゃんとけーちゃんに報告しよう、と。そうか!そうか!と喜ぶ二人の姿が安易に想像出来て。それだけで龍二の胸は暖かく、柔らかい色で彩られた。

たとえ本当の兄妹でなくとも、聖奈がそう言うのならばこのままでいよう。変わらず、この関係のままずっと。龍二がそう決めた瞬間だった。
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