EVER BLUE
散々泣いて目を腫らした恵介を行かせるわけにはいかず、晴人は渋々待ち合わせ場所へと向かった。

オフホワイトに大きめの紺のドット柄のワンピースを着た鈴音が、キャップを目深被る晴人を見つけて大きく手を振る。その姿に、晴人はふぅっと息を吐いた。

「今日は遅刻せんと来たんか」
「まあねー」

へへへっと笑う鈴音の肩を抱こうとして、晴人はふと恵介の姿を思い出す。そのまま腕を引いた晴人を、鈴音は不満げに見上げた。

「せーと?」
「ん?」
「どうしたん?」
「何もない」

そのまま手をポケットに突っ込み、「行くぞ」と先を歩く晴人。

どれだけケンカをしても肩を抱いてくれた晴人のその様子に、鈴音は大きな不安を抱く。

「せーと!」

ギュッと腕を掴むと、晴人はピタリと足を止めた。

「待って」
「遅れるぞ」
「待って!」

いつもと違う。
そう思うのだけれど、いつも以上に晴人の表情が読めない。見上げたまま押し黙った鈴音に、晴人はふっと笑った。

「行くぞ」

肩を抱かれ、鈴音はそのまま足を進める。何かが違う。そんな思いが、鈴音の足を重くした。



映画が終わると、いつもなら近くのカフェでランチをする。それからカラオケに行って、休日でも両親が家を空けることが多い鈴音の家でベッドに入る。


「家、行ってええか?」


ランチもカラオケもすっ飛ばしてそう尋ねる晴人に、鈴音はとうとう不安をぶちまけた。

「どうしたん?今日のせーと、いつもと違う」
「俺はいつもと一緒や」
「でもっ!」
「お前、俺のことちゃんと見てるか?」

グッと引き寄せられ、鈴音は身を強張らせた。俯くと、そのままグイッと顎を持ち上げられる。

「俺な、結構自分勝手な男なんやわ。キスしたい時にするし、ヤりたい時にヤる」
「せーと…?」

弱々しい鈴音の声が、晴人の中で出掛けに聞いた恵介の声と重なった。

失いたくない。
だから悪者になる。

そう決めて家を出て来たはずなのに、いざそうなると決心が鈍ってしまう。

「せーと?」

再び名を呼ばれ、高校の入学式の日のことを思い出した。

晴人という名前を、「せーと」と読み間違えた恵介。いくら訂正してもそう呼び続けられ、すっかりそのあだ名が定着してしまった。

友達は疎か、恋人でさえもそう呼ぶ。いつしか自分は晴人ではなく「せーと」という別の生き物になった気がしていた。

「俺の名前は晴人や。せーとって呼ばれるんは好きやない」
「え?だって恵介先輩はそう呼ぶやん…」
「恵介は恵介や。お前とは違う」
「どうゆうこと?」

潤んだ瞳を見ないように瞼を閉じ、そっと唇の端に唇を寄せる。これで最後だ。と、ついでとばかりに額にもキスを一つ。

「別れよか」
「え?」

そのまま固まった鈴音の頭をポンポンと撫で、晴人はわざと眉間に皺を作った。

「しんどい」
「せーと?」
「晴人や言うてるやろ」
「あっ、ごめん」

咄嗟に眉尻を下げた鈴音に、わざと聞こえるようにため息を吐いて晴人は続けた。

「もっとお前に合わせてくれる男と付き合え。俺には無理や」
「え…嫌や。待ってよ!」
「半年待った」
「ちゃんとするから!もうわがまま言わへんから!」

縋る鈴音の腕を振り払い、晴人はニヤリと口の端を上げた。

「わからんか?俺、年上が好きやねん。ガキの相手はもうしんどいんや」
「嫌やっ!別れたくない!」
「今わがまま言わん言うたとこやのにな」
「それは…っ」
「もうええやろ?学校忙しいねん。勉強だけしとったええお前とはちゃうんや」

泣き出した鈴音に背を向け、晴人は振り返ることもなく駅へと足を急がせた。
振り返れば「ごめん」と言ってしまう。出来ればこんな別れ方はしたくはなかった。

けれど、それ以上に失いたくないモノがある。


「あーあ。可哀相な俺」


俯いて、ボソリとそう零す。
目頭が熱く感じるのは、きっと恵介への祝福だ。そう言い聞かせて、閉じかけていた扉に身を滑り込ませた。
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