EVER BLUE

20年間の秘密

千彩とセナが揃って眠りに就いた後、三木家のリビングにはアラフォー男二人が残される。佐野家がNYに渡って数年。こうして二人っきりで語る時間が増えた。

いつものように二人でグラスを傾けながら、晴人は思う。今日は絶対何かある、と。

いつもならばヘラヘラと陽気に飲んでいる恵介が、今日はだんまりを決め込んでいて。それに違和感を感じながらも、言い出すまでは…と晴人も根気強く付き合っていた。

「セナ、大きなったなー」
「もう小学生やからな」
「あーんなちっちゃくて生まれたのにな」
「まぁ他の子に比べたら体は小さいけど、誰譲りなんか脳ミソは立派なもんやわ」

それ、絶対お前やん!と笑う恵介は、どこか居心地が悪そうで。普段ならば「お前は三木家の一員か?」と問いたくなるほどに溶け込んでいるというのに、いったいどうしたことだろう。と、晴人は首を傾げた。

「ちーちゃんもすっかりお姉さんになってもてー」
「お姉さん言うか、母親やからな、あいつ。てか、何やねんさっきから」
「んー?」
「そんな改めて言うことでもないやろ。殆ど毎日一緒におるんやから」

出産までは千彩の子守、セナが生まれてからは子育ての手伝い。そう言い訳をして、殆ど毎日のように恵介は三木家に入り浸っているのだ。今更言うことでもあるまい。と、晴人は浅いため息をついた。

「何や?何かあるんやろ?」

言い出すまでは待とうと思ったのだけれど、この調子では何日かかるかわからない。問題事ならば早く解決したい。と、晴人はとうとう恵介を急かした。

「何かあるんやったら言えや」
「いや、あのな…」

渋る恵介に、晴人はグッと眉根を寄せる。普段とは明らかに違うその様子に、「どうしても聞き出したい」と思ってしまう。

こうなった晴人が頑固なことは、もうかれこれ二十年近く親友をしている恵介にはよくわかっていて。諦めて一度大きく息を吸い、吐き出すと同時に言葉を押し出した。


「りんに…子供出来てん」


聞き覚えのある懐かしい名前と、子供という単語が上手く結び付かない。うぅんと唸って頭を悩ませる晴人に、恵介はソファから下りて深々と頭を下げた。


「俺、りんと結婚する。ごめん、せーと」


懐かしい名前と、懐かしい呼び名。もう何年前のことになるだろう。学生時代の記憶がフラッシュバックして、晴人は表情を歪めた。

「何で謝るねん」
「いや、だって…」

言葉に詰まる恵介の肩をガシッと掴み、晴人は呆れたようにふぅっと息を吐いた。


「いつまで気にしてんねん。お前が思うほど俺は気にしてへんぞ」


学生時代のたった一度の過ちを罪として背負い、恵介は恋人の存在を晴人にひた隠しにしてきた。

「こっち出てくる前に別れたんちゃうかったんか?」
「一回は別れたんやけど…」
「あん時も言おう思うてたんやけどな、俺のことはもう気にすんな」
「せーと…」
「今はもう晴人や」

学生時代、一度だけ…たった一度だけ、恵介に恋人を奪われた経験がある。

あれは仕方ない。と、その頃から晴人はそう思っていた。だからこそ責めもせずに今でも恵介と親友を続けていられるのだけれど、それが恵介には余計に辛かった。

「元気してんか?りん」
「おぉ」
「結婚するんやったらいっぺん家連れて来いや。千彩とセナにも会わせたいしな」
「せやな」

どうにも歯切れの悪い恵介に、晴人はグラスを差し出した。

「乾杯しようや」
「せーと…」
「あっ、メーシーにメールしよ。恵介の阿呆が40手前でデキ婚なんかしよるわ!ってな」

お人好しで情に厚い恵介が、いつまでも気にしていることは晴人もわかっていた。その証拠に、いつの間にか恵介は地元に帰らなくなってしまっていたのだ。

けれど、敢えて口に出すのも憚られて、知らないフリを続けてきた。今更ながらにそれを申し訳なく思う。

「もっとはよ言えや。ガキ出来てから言いやがって。ほんまにお前婚期逃すんちゃうか思うて心配したやろ」
「せやかて…言いにくいやろ」
「何が言いにくいねん。言うとくけどなぁ、俺はそんな小さい男ちゃうぞ」

ふふんと鼻を鳴らし、晴人は胸を張る。

後悔していた。
あの時嘘でももっと責め立ててやれば、恵介の気持ちは少しでも楽になったのではないかと。変に大人ぶって「そうか」と言ってしまった過去の自分に、会って言ってやりたい。


「俺には千彩と聖奈がおる。お前は何も気にせんと幸せになれ」


にっこりと笑う晴人を前に、恵介はとうとう泣き出した。相変わらず涙腺の緩い奴だ。と、その頭をくしゃりと撫でながら、晴人は言葉を続けた。

「俺はあの時、お前やったから許した」
「せーと…ごめん」
「もう謝んなって。逆に俺が謝りたいわ。今まで隠させて悪かったな」

晴人の言葉に、恵介はフルフルと頭を振る。

「俺、お前に申し訳なくて…」
「せやから気にすんな言うたやろ」
「これからも…俺、お前のパートナーでおってええか?」

頼りなく問う恵介に、晴人はふんっと鼻を鳴らす。

「俺のパートナーはお前だけや。お前以外のスタイリストの服は、俺の趣味には合わんからな。俺の腕が落ちた思われたら癪に障る」

ニヤリと笑う晴人に、泣き声だか嗚咽だか区別のつかないような声で恵介は何度も言った。

ありがとう、と。
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