ライラックをあなたに…
非常階段を後にし、自分のデスクに戻ると……。
「寿々ちゃん、一体どういう事?」
「そうですよ!!結婚って本当ですか?ってか、恋人いたんですか?!」
「ちょっと、神田!それは言い過ぎ」
「あっ……。すみません」
「いいよいいよ、別に、気にしてない。私も話さなかったんだし」
「じゃあ、結婚は本当なんだぁ」
先輩を差し置いて寿退社するのは、本当いうと凄く気が引ける。
千秋先輩には交際3年になる恋人がいて、先月から海外出張で今は遠距離恋愛をしている。
仕事は勿論の事、プライベートでも仲良くして貰っていて、そんな先輩に嘘を吐く事が心苦しかった。
退職願を出す時は本当に恋人がいた。
けれど、その数時間後には恋人に裏切られ、自殺も考えただなんて口が裂けても言えない。
私は無意識に手首の傷を隠すようにジャケットの袖口からはみ出たセーターを無理に引っ張り出す。
月曜日は雑務が多くて助かった。
仕事に専念していれば、その時間だけでも忘れられる。
『結婚』なんて、泡のように跡形もなく消えてしまったという事を。