ライラックをあなたに…
『源ちゃん』を飛び出すように出た私達は、心地良い夜風に当たりながらマンションへと無言で歩いている。
繋がれた右手。
痛みを帯びるほどではないが、少し強めに握られている。
普段の彼なら手を繋いだり、勿論抱き締めたりだってしない事は分かっているつもり。
さっきは、あの人の言動に素直に反応しただけで……。
でも、一件落着とまでは行かなくても、一先ず最悪の事態を免れて安堵していい筈なのに……。
何故だろう?
この空気、物凄く緊張する。
街灯に照らされた一颯くんの後ろ姿。
黒い半袖Tシャツの袖口から伸びている逞しい腕。
キュッと結ばれている『源ちゃん』のエプロンのお陰で、彼の上半身が逆三角形をしている事に気付いてしまった。
薄い布地越しに浮き上がる肩の筋肉が、無意識に彼が『男』だと意識させられてしまう。
慌てて視線を落とせば、骨ばった長い指と大きな手に再び思考があらぬ方向へと暴走し始めた。
私、何を考えてるんだろう。
数分前に、漸く元カレとの縁を切ったばかりだというのに。
彼の優しさと勘違いするような言動に、再び脳が反応し始めてしまいそうだ。
彼は私の保護者的人物。
何をしでかすか分からない危険人物の私を見守っているだけ。
…………ただ、それだけ。