ライラックをあなたに…


信号待ちでも一颯くんは黙ったまま。

チラリと彼の顔を見上げると、真っ直ぐ前を見つめ、何やら険しい表情。


もしかして、さっきの事が原因で怒らせてしまったのかしら?

あっ、でも、さっきは安堵してる感じだったけど……。


彼が何を考えているのかサッパリ分からない。


信号が青になれば、真っ直ぐ見据えたまま歩き出す。

勿論、私の手を握ったまま。




結局掛ける言葉が見つからず、一颯くんの自宅へと着いてしまった。


玄関を開けた彼は私を中に促すように片手でドアを押さえ、漸く繋がれた手が離された。

けれど、やっぱり無言のまま。


私はそんな空気を察して、無言でリビングへと向かった。

すると、


「寿々さん」

「ん?」


玄関から声を掛ける一颯くん。

私も応えるように振り返ると。


「今日は出来るだけ早めに帰って来るから、起きてて貰える?」

「うん、分かった」

「じゃあ、俺……戻るね?」

「あっ、あのさ、一颯くん」

「ん?」

「さっきは、本当にありがとうね」

「…………うん。じゃあ、行って来る」

「行ってらっしゃい」


彼ははにかんだような笑みを浮かべ、『源ちゃん』へと戻って行った。


< 210 / 332 >

この作品をシェア

pagetop