鈴の栞
 


「可愛いとか簡単に言わないでください!先輩は私の何を知ってるんですか!」

 上辺だけ。形式だけ。私が本当はどんな女なのか、この人は知らない。仲が良いと胸を張って言える人なんてひとりもいない。誰にも心を許したことはないし、許されたこともない。誰かと笑い合ったことなんて、ほとんどない。
 いつも殻に閉じこもってる。固いバリアを張り詰めて、他者の侵入を許さない。こんな私の、どこが。

「―――知ってるよ」

 手嶋先輩は、指先で私の目尻に触れた。流れ出た雫を受け止め、笑う。

「毎日、苦手な化学の勉強頑張ってる。俺が話しかければ、ちゃんと答えてくれる。俺が閉館時間まで寝てたら、無視しないで起こしてくれる。何だかんだで、俺のこと邪魔だって言わないし」

 その顔が見たいのに、涙で滲んでよく見えない。……でも、確かに、そこには。

「そんで、俺が大学受験に失敗するって、心配して怒ってくれる。……知ってるよちゃんと。ネコちゃんのこと」

 ―――そこには見慣れた、手嶋先輩の優しい笑顔。

 気付けば私は、彼の腕の中で声を堪え切れずに泣いていた。


 
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