桜縁


だがすぐに、小悪魔な表情をして微笑む。


「でもまだダメよ。お会いするまで、我慢しないと。」


「我慢と言われましても……。」


「こうやって、気を揉むことも、女性には大切な時間なのよ。」


「はぁ……。」


大切な時間と言われても、楽しんでるようにしか見えないのだが……。


とりあえず蛍の言う通りに、その場にとどまることにした。


「失礼致します。」


襖がスッと開き、沖田が部屋へ入ってくる。


入るなり月の晴れ姿が、目に飛び込んできた。


「よく来て下さいました。さあ、どうぞ。」


蛍は沖田の側により、腕を引こうとするが、沖田はそれを退け、近くの場所に座る。


「それで、呼ばれた理由はなんですか?」


不機嫌そうに蛍に尋ねる沖田。蛍は沖田に寄り添うように、その隣に座る。


「連れないお返事ですこと……。せっかく、彼女が着飾っているのに、それに目も止めないのですか?」


「………。」


目に止めないんじゃない。蛍が月に何をしようと企んでいるのか探っているのだ。


月にわざわざ自分の着物を着せ、沖田を呼び出したのだ。絶対何かあるはずだ。


「彼女を結婚させようと思います。」


「!?」


「もちろんお相手の方も、月のことを気に入ると思いますわ。彼女には色んなことをして、助けていただきましたから、彼女にも幸せになって欲しいのです。」


自分と同じように幸せにしようとする蛍。


だがその考えはまるで、長州に持って帰る献上品。手土産だと言わんばかりだ。


「私達も結婚したら、長州へ行くわけですし、ちょうどいいですわ。」


「そうだね。馬子にも衣装って感じだし、良いんじゃないですか?」


「!」


思わず顔を上げるが、沖田は月と目を合わそうとはしない。


完全に誤解されてしまっている。


「僕は用がありますし、後はよろしくお願いします。」


「ええ。」


沖田はそれ以上何も言わずに、部屋を出て行った。


思わず月は立ち上がる。


「少しごめんなさい!」


と、蛍に言って部屋を出て行った、沖田の後を追いかける。


「沖田さん!」


その背に声をかけるが、沖田は振り返ることなく、スタスタと歩いて行く。


「……沖田さん!」


沖田の腕を掴むと、ようやく足を止めた。


「なに?」


「あ……。」


冷ややかな目つき…。


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