神のでサンティアゴ
ここで交換するのなら、なぜあの時アレックと一緒にしなかったんだ。今になって後悔したが遅かった。
 暖かいコーヒーに蜂蜜をたっぷりと入れて飲んだ。
 美味しい。身体の心から温まる。
 足元も靴下を替えたので、ポカポカしてきた。
 そんな寛んでいるときにアレックが遅れて接待所に到着した。
 表情は明るかった。
「コーヒー美味しいよ」
 自分の物でもないのにアレックに勧めた。
「紅茶を頂くわ」
 アレックはコーヒーは余り好きではないようだ。
 何度も自分勝手な行動をしたが、今日はこれから本当に一緒に歩こうと思った。
「今日は一緒に歩こう」
「いいわよ」
 真一はすでにアレックに恋をしていた。

 色々な話をしながら並んで歩いた。
 巡礼路は舗装されていた。自動車は通らない。
 横に並んで歩いたところで危険はなかった。
 話をしながら歩くと時間が早い。
 今日の宿泊予定地に着いてしまった。
「どの宿にします」
 この街にも3軒くらいの巡礼宿はありそうである。
 1軒目の宿は外観は綺麗だった。
「ここに泊まる?」
 真一は聞いてみた。
「疲れたのでここでいいわ」
 すんなりこの宿にすれば、今後ともアレックと一緒に巡礼できたかもしれないのだった。しかし。
「もう少し探してみようか」
「そうしようか」
 2軒目の宿に着いた。
 外観が昔の農家風に改造した。妙に凝った構えである。
 なんとなく雰囲気が良くない。
「いらっしゃいませ」
 日本語で挨拶された。
「えっ・日本語話せるのですか」
「少しだけ」
 その一言でここに宿泊する事にしてしまった。
「この宿でいい」
「私はいいわ」
 アレックが合意してくれたので、決まりだ。

 そこでアレックはパリ娘と意気投合していた。
 同年代の同国人と会えば楽しいはずである。
 異国の中年男性とでは差は歴然だ。
 話している姿はとても楽しそうだ。
 その一瞬で、淡い恋の終わりを真一は悟った。

 翌朝、いつもなら真一が出発して後からアレックが追いついてくるのが前日までのパターンである。
 今日はアレックと昨日知り合いとなったパリ娘との3人で出発した。
 早足の2人に真一は全く着いてゆく事は出来ない。
 直ぐに遅れた。
 アレックは可愛らしくも戻ってきて、今日も腕を掴んだ。
「力をあげる」
「ありがとう」
 アレックの親切に熱い物が込み上げてきた。
「先に歩いて行くね。次の町の喫茶店で待っているから」
「分かった」
 目頭の熱を悟られないように、目線を合わせないようにして答えた。
 一人となり、いつもペースで歩き始めた。
 写真を写し、休憩して、また歩きだす。その繰り返しである。

 次の町に入ったがアレックの姿は見あたらなかった。
 どこの喫茶店か分からない。
 ヨーロッパ人巡礼者はオープンカフェの喫茶店で朝食を取るので分かるはずなのだが。
 自転車巡礼者から写真を撮らせて欲しいと頼まれた。
 笑顔で写真に納まっている。
 次々に写真の催促がくる。
「いいですよ、はいチーズ」
 スペインではチーズではなくパタターである。
「一緒にコーヒーを飲みませんか」
「いただきます」
 朝からコーヒーは不得意だが、お接待は基本断らない。
 そんな時間を過ごしてしまって、アレックのいる喫茶店は気にはなるが、結局は見つける事は出来ないままに、この町を出る事となった。
 橋の袂にデザインのいい看板があったので写真を写していると、アレックがやって来た。
「シャッター押して上げようか」
 パリ娘が言ってくれた。
「お願いしようか、アレック一緒に写そう」
「私でいいの」
「もちろん君でなくては駄目だ」
 ツーショットの写真を写した。

 その後もアレックと一緒に歩く事なく、抜きつ抜かれつで歩いた。
 今日のアレックの表情は硬い。
 疲れているのだ。
 12時となった。
 水場があり、冷たい水が飲めた。
「ここで泊まるよ」
 真一は言った。
「私も疲れているのでここで泊まるわ」
「本当、うれしいよ」
 巡礼宿の方に歩きだした。
 しかし、アレックはパリ娘に付いて行ってしまった。
「ここに泊まらないの」
「私時間が無いの」パリ娘は言った。
「そうですか。さよなら・・・・」
 本当に、これでお別れだ。
 
 宿に一人寂しくチェックインした。
 空しい。始めは一人で歩いて来たではないか、それなのに明日からは追いかけて来て、腕を掴まえくれる人がいないかと思うとやりきれなかった。
 翌朝は、いつもと同じ様に歩き出した。
 忘れるんだアレックの事は、そう言い聞かせて歩いた。
 急いでいるパリ娘と一緒に歩いているのなら、真一の足で追いつく事は不可能である。
 あきらめるしかなかった。
 今日も沢山の巡礼者から写真を撮らせて下さいと頼まれた。笑顔で答えてはいるものの、心中は晴れてはいなかった。

 昨夜一緒に食事をしたイタリア人男性が言った。
「次の町の喫茶店でコーヒーを飲みましょう」
「いいですよ」
 普段はコーヒーは飲まない。移動中はほとんど喫茶店で休まない真一ではあるが、誘われた時は基本断らないので承知した。
 真一が先に歩き出した。
「それでは次の喫茶店で」
 5キロほど歩くと次の町に到着した。
 喫茶店は見当たらない。
 さらに次の町まで歩こうか?
 と、思ったときに巡礼宿の看板が目に留まった。
 宿にはたいてい喫茶店併設されている。
 標識に従い左折した。約100メートル歩いた。
 宿に近づく、思ったとおりオープン喫茶があった。
 その時である。あれはアレックではないか。向こうも真一に気付いてくれた。
 距離は10メートル。
 中々近付けない。焦る・走り・出す。
 両手を広げアレックに抱擁した。右の頬、そして左の頬を付け合った。全くの自然だ。自分からスペイン風の挨拶をするのは始めてである、感情がそうさせた。
 キスまでするんだ真一と、心の潜むもう一人の真一が叫んだ。
 しかし、そこまでは出来なかった。
「会いたかった」
「私もよ」
 本当に昨日の行動を悔やんでいた。
 なんであの時、片意地を張らずにアレックの後を追いかけなかったのかと後悔していた。
「一緒にサンティアゴまで行こう」
「行きましょう」
 やっと手を緩めアレックから離れた。

 その後は2人で歩いた。
 嬉しくてドンドンと歩調が早まるのが分かる。
 アレックは少し足が痛そうである。
「あそこの遺跡で休みましょう」
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