【B】星のない夜 ~戻らない恋~

31.怜皇の優しさ - 咲空良 -


心【しずか】が、怜皇さんが手配してくれた
医療センターに入院するようになって、数週間が過ぎようとしていた。



私と言えば、怜皇さんの許可を貰えたのを大義名分に
瑠璃垣の屋敷を留守にしながら、病院と廣瀬家を行き来する生活を過ごしていた。



紀天君のお世話を毎日しながら、廣瀬家の家事を熟す。



病室で過ごす心【しずか】が少しでも笑顔で居てくれるように、
私に出来ることは何でも手伝いたいとすら思えた。



月曜日から金曜日まで、週五回決められた時間に
治療棟と呼ばれる部屋に粒子線治療なるものを受けるために
病院室から出掛けて行く。


心【しずか】の腕には、点滴の針は留置されていて
点滴こそ、朝から夕方まで何時間にもわたって行われているものの
それ以外は、行動を制限されているわけでもない。


ゆったりとした医療施設の空間の中を、
体調が落ち着いていれば、のんびりと散歩して過ごすことも可能とされていたし
何よりもパジャマなどではなく、私服でいつもと同じように過ごしていた。


病院=病衣や患者衣、パジャマに着替えて一日ベッドの上で過ごす。
そんな風に感じていた心【しずか】は、今までの入院生活とあまりの違いに
本当に治療として効果が出ているのかが逆に不安になっているみたいだった。



治療棟に出掛けた後は、心【しずか】はお腹を壊したり、
吐き気と格闘するようになる。


食欲も落ちてしまうものの、それでもフルーツなどは少し口に運ぶことが出来るみたいで
バナナやリンゴを用意しては、心【しずか】の傍に何時でも食べられるように準備した。


手術などの大掛かりな入院生活にはなっていないものの、
体的にも大変なはずなのに、それでも病室に響く紀天の声に笑顔を作りながら

『待っててね。
 お母さんは頑張るからね』っと声をかける。




何処までも前向きに、子宮がんと闘い続ける心【しずか】を見ていると
私も励まされる気がする。


治療のない週末は、外泊をして「廣瀬家」へと帰宅する。


紀天を心【しずか】に任せて、ご飯を作ったり、家の中の掃除をしたりと
睦樹さんたち一緒に、穏やかな時間を過ごす。



お向かいの家から、紀天と同じくらいの女の子とそのお母さんを招いて
寝相アートを作ったりして気を紛らわして遊ぶのも、
心【しずか】にとっては、いい気分転換になっていたみたいだった。



週末を自宅で過ごして、日曜日の夕方にはまた医療センターへと戻って
一週間、治療がへ始まる。



二ヶ月が過ぎて最初の治療計画が一段落した。




「廣瀬さん、お疲れ様でした。

 転移していた癌も、子宮に再発していた癌も
 照射に寄って消えたと思います。

 二か月間、お疲れ様でした。

 また気になることがあれば、気軽にご連絡ください。
 紀天君とゆっくりと過ごせますね」




そう言って早谷さんは私と心【しずか】たちを送りだしてくれた。






粒子線治療が原因で、卵巣が機能しなくなった心【しずか】は
それから暫くは、毎日毎日、紀天を慈しむように日々を過ごした。




一度は消えた癌が再び心【しずか】をおそったのはその半年後、
12月になろうとしている頃だった。


咳が酷くなってきた心【しずか】は睦樹さんと共に、春にお世話になった医療センターを訪ねたものの
粒子線治療適用外との判断で、無理を押し通すことは出来なかった。

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