【B】星のない夜 ~戻らない恋~




玄関の門と、私が洗濯物を干すスペースは
僅かの距離。


視線があったメイド服の人は、
私に静かに会釈をして告げた。


そしてその隣に居たキャリアウーマンが
ゆっくりと言葉を続けた。





『都城さまでいらっしゃいますね。

 瑠璃垣の使いで咲空良さまのお迎えに参りました。
 お取次願いますでしょうか?』



その女性の迫力に押された私は、その場で硬直してしまって
立ち尽くしたまま動けないでいた。


その人の鋭い視線が私をじっと見据える。


その視線は、私が瑠璃垣の後継者のフィアンセに
相応しいものかどうかを見定めているようにも
思えた。


蛇に睨まれた蛙って、
居間みたいな状態を言うのかしら?


眼をそらすことも出来ないまま、
茫然とした私の前に姿を見せたのは、
TVを見ていた母だった。


「瑠璃垣さま、わざわざ申し訳ございません。

 咲空良さん、何してるの?
 早く身なりを整えて、応接室にいらっしゃい。

 葵桜秋さん、咲空良さんの身なりを整えてあげて」


そう言いながら、母はすぐに瑠璃垣のお客様を
自宅の中へと招き入れた。





こんなにも早く……来るなんて……。


私、まだ覚悟も何も出来てないのに。





やっぱり動けないでいる私の手を、
葵桜秋は乱暴に掴んで、二階の二人の部屋へと押し込む。


葵桜秋になされるままに、鏡台の前に座らされると、
すぐにベースメイクが施されて鏡の中の私は姿を変えていく。



次に差し出されたのは、
成人式の時に一度だけ着付けて貰った振袖。



支度を手伝う時間、
葵桜秋は一度も私に話しかけてくれない。


無言のままに支度されるその時間の
沈黙に、胃がキリキリと痛み始める。



沈黙が重すぎるよ。



私……まだ何も決めてない。


就職するはずだった会社にも、
何の連絡もしてないのに……。




動き出した未来は、
僅かな時間をとめることも許してくれない。




無言のまま全ての支度を終えて、
私を部屋から追い出すように背中を押すと、
パタンっと音を立てて、扉は閉じられた。
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