【B】星のない夜 ~戻らない恋~


葵桜秋が咲空良として祝福される結婚式。


最愛の人を奪われたのにその傍で、
にっこりと笑って祝福するなんて出来ないよ。



一人その場所から離れて、
誰も居ないソファーへと腰かける。




ゆっくりと落ち着かせていく呼吸。






シーンと静まり返ったその空間に響く、
近づいてくる足音。



そんな足音にすら、ビクっと体が硬直していく。




「咲空良さん……」



降り注いだ優しい声が私を包み込む。


その腕には、眠っている紀天。



いい子に眠っていた天使は、急に目覚めて私に気がつくと
手をさしだして、私の傍へと来たがった。




そのまま紀天に手を伸ばして抱き上げる。


紀天の温もりが、私の苛立ちも寂しさも全て
和らげてくれる。



「紀天……ごめん。
 大丈夫よ……」



不安そうな顔を見せる紀天に声をかけながら、
自身に暗示をかけていく。





「怜皇の結婚式。

 来るの辛かったでしょう。
 こんなことになるなんて、心【しずか】が心配してた通りだ。
 
 なんでこんなことになるのかな。
 咲空良ちゃんは怜皇のことが好きになってるんだろ。 

 アイツから経緯を聞いた後、俺自身も思考回路が追いつかなかった。

 けど今、控室で怜皇を思いっきり殴ってきた。

 アイツも瑠璃垣を背負う立場にある。
 アイツが、廣瀬の会社も生き残り競争で勝たせてくれた。

 だけど……、だからって違うだろ。
 本当に好きなら……瑠璃垣を捨てるくらいの覚悟があってもいいだろ?」



普段は感情を激しく出さない睦樹さんの声に、
紀天が突然腕の中で泣き出す。


そんな紀天をあやしながら、
少しその場から立ち上がって歩き出すと
睦樹さんはゆっくりと私たちの後ろをついてきた。



「怜皇に話を聞いた時から、夢の中でずっと心【しずか】が心配してるんだ。

 『睦樹、咲空良の傍に居てあげて。
  
  紀天は私たちの大切な宝物だけど咲空良が暗闇に捕らわれた時に、
  光をくれる子だから』』って。
 
  その言葉……心【しずか】の口癖だったんだ」



心【しずか】……。



紀天をぎゅっと抱きしめながら親友を思う。



背後で、ピッ、ガチャンと自販機が動く音がして暫くすると、
ペットボトルに入ったあたたかい紅茶を睦樹さんが私に差し出した。


近くペンチに腰掛けると、紀天には鞄の中から取り出した紙パックの
野菜ジュースを手に持たせてストローで飲ませていく。


その隣、睦樹さんは缶コーヒーを開けてゆっくりと飲みだす。
私もペットボトルのキャップを開けて、紅茶を一口含む。




ただ三人で飲み物を飲んでいるだけなのに、
凄く暖かくてゆったりとした『家族』の風景。


そんな些細な出来事すらも失ってしまった温もりを
思い起こして暖かく感じられた。




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