【B】星のない夜 ~戻らない恋~


「晃穂、今からお買い物に行くから紀天君に『またね』しなさい」


そう言って晃穂ちゃんのお母さんは私に会釈をする。



「紀天、車出るから危ないからこっちにいようね」


紀天が動かないようにそっと掴んだまま、目の前を通過する車を見送る。





その後は仕事の終わった睦樹さんと合流して三人で近くのスーパーにお買い物。


三人で食材を買い物に出掛けて、
スーパーで玩具菓子を睦樹さんにおねだりして怒られる紀天。


お父さんに怒られた紀天は守って守ってと私の背中に隠れる。

そんな何気ない仕草が妊娠した現実と、
その先の不安を少しずつ照らし出してくれるみたいで
受け止める力を高めてくれる。


買い物袋をぶらさげながら三人で手を繋いで帰る家路。


リビングでTVをつけて遊ぶ二人を見つめながら、
何度も使って手慣れた、キッチンで手料理を振る舞う。


食事を終えて洗い物をする頃には紀天は大欠伸。
紀天を連れてお風呂に入る睦樹さん。


洗い物を終えてリビングのソファーに腰掛けた直後、
お風呂場からびしょびしょに濡れたまま飛び出してくる紀天が私にくっつく。



「おねえちゃん、だっこ」




その後ろ、紀天を追いかけてきた
睦樹さんは……裸体にバスタオルをかろうじて巻いただけ。



「あっ……」


思わず視線をそらす私に、
睦樹さんは手にしていたバスタオルを投げ寄越した。


「ごめんごめん。
 咲空良ちゃん悪いけどアイツ面倒見てやって」


そう言って浴室の方へと戻っていく。



「お風呂気持ちよかった?」


そんな風に声をかけながら紀天の体をバスタオルで
ポンポンと拭いていく。

「紀天、パンツは?」

そう言うと紀天は睦樹さんがいるらしい浴室の方へとかけていく。

パンツだけは浴室ではいてきて、
手にはパジャマを持って駆け寄ってくる。


そのパジャマを着せるのも私の役割。
そして、紀天リクエストの皮の字で眠る夜の時間。




紀天にとって心【しずか】亡き今、叶うことがなかった夢。

そしてお腹の中のこの子には体験させてあげることの出来ない幸せ。


親子三人で暮らす、こんなほのぼのとした暮らしは
させてあげられない我が子。


だけど……私はこの子を育てたい。


紀天を見てるとそんな想いが強くなる。

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