【B】星のない夜 ~戻らない恋~


「そう、良かったわ。

 でも瑠璃垣さんなら……、あぁ、瑠璃垣さんは言いにくいわね。
 怜皇さんでもいいかしら?」

「あぁ、構わない」

「怜皇さんも何時でも食べられると思うわよ。
 
 私の手料理の先生は、怜皇さんにとっての婚約者の都城咲空良だもの。
 咲空良の手料理は食べたことある?」

「いやっ。
 邸にはお抱えのシェフがいるから、ご飯を作る必要がない」

「あぁ~そう来たか……。
 だから昨日会った咲空良は、あんなにも表情がくもってやつれて見えたんだ。

 咲空良ってすごく家庭的思考の性格なんだよ。
 昔から、将来好きな人が出来たら、その人の為にご飯を作って、お家を掃除して
 その人の笑顔を見ることが出来たら私は幸せになれるってね。

 卒業式の時に告げられて、突然の婚約者の出現に、
 あの子もパニックになってて、それでも精一杯、好きになる努力はしてみたいって。

 政略結婚や、お祖父さまの遺言による結婚なんて嫌だからって。
 
 睦樹さんにきいているから、怜皇さんの仕事が凄く忙しいのはわかってるし、
 睦樹がやり残した仕事を成功させようと動き回ってくださってるのも知ってる。

 それが、うちの廣瀬の未来にも繋がる内容だってことも少しはわかってるつもり。

 だけど……そんな気持ちで、瑠璃垣の家に入った咲空良のことも考えてあげて欲しい。
 少なくともこの婚約は、エステ業界で働きたいって言っていた咲空良の夢を潰してる」




心【しずか】さんから聞かされた婚約者の思考。



俺にとっては、夢はなくて『現実』だけが全て。

夢を見るより、夢を追い続けるより、
一族の為、家の為、現実を見据えて結果を出し続けることが全てだった。




だけど彼女は、俺とは別のビジョンがあって俺が描いたことのない『夢』があって、
その夢を俺自身が奪っていたことに初めて気づかされる。
 
 


「後……もう一つ。
 怜皇さん、咲空良の荷物はどうしたの?

 咲空良が瑠璃垣に入った後、トラックで後で運び込まれるはずだった荷物。
 咲空良の手元に届かないのは何故?」



心【しずか】の問いに、思い当たるのは養母の処分と言う言葉。


「彼女の生活に必要な道具は、養母【はは】が支度している。
 だから今の生活には不自由はないはずだ」




ただ不要なものを処分して貰って、どうして怒るのかが理解できない。
俺にとって、必要なものは昔から、ものに固執しなくてもそこにあったもので十分だった。


俺が固執しているものと言えば、俺の手に馴染んだ万年筆くらいだ。


後は物は物。
便利な道具でしかない。



「一つ一つの持ち物にはね、大切な思い出があるの。

 だから今回、処分してしまったものは、咲空良にとっての
 かけがえのない宝物を奪ってしまったのと同じことなの。

 同じ処分をするにも、自分でけじめをつけて処分するのと
 勝手に処分されるのでは、大きく違ってくるの。

 咲空良……いろんなことがありすぎて、心の整頓が追いついてなくて
 凄く息が詰まってる。

 だからもっと怜皇さんが、寄り添ってあげて欲しい」



物に宿る大切な思い出。



心【しずか】さんが告げる言葉は、
俺の想いも知らない部分を刺激してくる。



そうやって親友の為に思うことが出来て怒って親身になれる。



そんな優しさのある心【しずか】さんだから、
睦樹は惹かれていったのかもしれない。


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