【B】星のない夜 ~戻らない恋~


「れっ、怜皇さん……お疲れ様でした」




彼女は俺の背後にまわって、
スーツのジャケットをゆっくりと脱がせて
自らの腕へと引っかける。


ジャケットを脱いだ後はネクタイとシャツを緩めてリラックスできるようにして、
ソファーへと腰掛けた。


彼女はジャケットをハンガーにかけて、
俺の傍へと近づく。


「食事は?」


もう食べているだろうと思いながら声をかけると、
彼女は首を横にふった。

「いっ、一緒にディナーをしたくて」



こんな時間になるのに食べなかったのか……・。
先に食べればいいものを。


ソファーから立ち上がって、レストランに連絡すると
そこから食事を一人分運ばせる。


10分もたたずに、ディナーの仕度に出向いてきたスタッフは
テーブルクロスをかけて、素早く支度した時、
順番に食事が運ばれる。



運ばれる料理を見て戸惑ったような顔を見せる。


「私は接待で食べてきた」


それだけ告げると、先ほどのソファーへと再び座って
彼女が一人で食事をしている気配と音を感じながら目を閉じる。




俺は一体、何をしてるんだ?
俺はどうしたい?




彼女が食事を終えてソファ-へと
近づいてくるタイミングで俺はバスルームへと移動した。


彼女から逃げるような素振りを続けるなら、
こんな約束は最初からしなければ良かった。


そう思う俺と同時に、今日この場で彼女を傷つけて
彼女が瑠璃垣を去る決定打を作ることが出来れば……。

そんな風にさえ思う俺自身。



同じ部屋に二人いるのに殆ど言葉を交わすことないまま
過ぎていく重たい空気に満ちた時間。


俺と入れ替わるように、彼女はバスルームへと出かけ
彼女が離れているその瞬間、大きく溜め息を吐き出した。


暫くしてバスルームから出てきた彼女は、
水割りらしきものを手にして俺の前に置いた。


「お風呂頂きました。

 ごめんなさい、少し水割りが恋しくなって
 頂きました。

 怜皇さんもいかかですか?」

「君も飲むのか?」

「えぇ」

「今日はごめんなさい。
 わざわざ外で会いたいなんて、我儘言って。
 
 怜皇さん、覚えてる?
 神前悧羅学院のダンスパーティーで
 初めてお会いした時のこと」

「覚えていたのか」

「最初の夜、他人行儀に言葉を告げるから
 忘れているかと思った」


水割りを飲みながら彼女は、
俺が聞きたかった言葉を口にした。


「怜皇さん、おかわり作って……」

その場から立ち上がって、移動しようとした彼女の腕に手を伸ばして
俺は自分の方に引き寄せる。


俺のことを覚えていた……
彼女に少しだけ寄り添ってみたいと思った。

俺の胸の中に倒れこんだ彼女の耳元で、
「君が欲しい……」っと囁く。

放心した彼女の唇に自らの唇を重ねて、
その隙間からゆっくりと舌を侵入させて口の中を擽っていく。

そのままソファーからベッドまで彼女を抱いて
連れて行く。

その場所で、俺は彼女をゆっくりと焦らすように抱いた。

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